「被爆者健康手帳をお持ちの利用者さんに訪問看護を提供することになったけれど、請求の仕方がよくわからない」——訪問看護の現場では、頻度こそ多くないものの、こうした場面に出会うことがあります。
原子爆弾被爆者への医療は、通常の医療保険・介護保険とは異なる被爆者援護法に基づく公費負担医療制度が関わってきます。この記事では、被爆者健康手帳の基本知識から、訪問看護に関わる医療給付の仕組み、法別番号、請求先、他制度との優先順位まで、事務・請求の実務に沿って解説します。
- 被爆者健康手帳と、認定疾病医療・一般疾病医療の違い
- 訪問看護ステーションが一般疾病医療機関の指定を受ける必要性
- 法別番号(18・19)と請求先(支払基金・国保連合会)
- 他の公費負担医療制度との優先順位
目次
被爆者健康手帳と原子爆弾被爆者援護法
被爆者健康手帳は、広島・長崎の爆心地周辺にいた方や、爆発後一定期間内に該当区域に立ち入った方など、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(被爆者援護法)に定める要件に該当する方に交付される手帳です。この手帳を所持することで、被爆者援護法に基づく医療の給付や各種手当を受けられます。
厚生労働省の集計によると、被爆者健康手帳の所持者数は令和7年度末時点で全国91,105人となっており、年々減少が続いています。あわせて、令和8年度の原爆被爆者援護施策予算は、被爆者数の減少等を反映して前年度比69億円減の1,028億円が計上されています。
被爆者数は減少を続けているとはいえ、対象となる利用者さんに出会う可能性がゼロではない以上、訪問看護ステーションとしても制度の全体像を把握しておく価値があります。特に、被爆者は原爆の放射線による影響で、悪性腫瘍や白血病、白内障といった健康被害が被爆から数年〜10年以上経ってから現れる特殊性を抱えている点も、援護制度が設けられている背景として押さえておきたいポイントです。

被爆者健康手帳をお持ちの利用者さんは、通常の保険証や介護保険証に加えて、この手帳の提示も必要になります。初回訪問時には必ず確認しておきたい書類のひとつですね。
被爆者への医療給付の仕組み
被爆者に対する医療の給付には、大きく分けて2種類があります。
| 区分 | 法別番号 | 指定者 | 自己負担 |
|---|---|---|---|
| 認定疾病医療 | 18 | 厚生労働大臣 | 全額(10割)公費負担 |
| 一般疾病医療 | 19 | 都道府県知事 | 保険給付の残りを公費負担(窓口負担なし) |
認定疾病医療(法別番号18)は、厚生労働大臣から「原爆症認定」を受けた被爆者が、その認定された疾病について、厚生労働大臣が指定した医療機関で医療の給付を受ける仕組みです。医療費は全額が公費負担となります。
一方、一般疾病医療(法別番号19)は、認定疾病以外のほとんどすべての負傷・疾病が対象です。被爆者健康手帳を所持していれば、被爆との因果関係を個別に立証する必要はありません。都道府県知事が指定する「被爆者一般疾病医療機関」で受療した場合、保険給付の残りの部分が公費負担となり、窓口で自己負担分を徴収せずに済みます。
一般疾病医療費の対象からは、被爆との関連が想定しにくい一部の疾病が除外されています。訪問看護の対象になるかどうかを判断する際の参考にしてください。
- 遺伝性疾病
- 先天性疾病
- 軽度のう歯(虫歯1度・2度、エナメル質初期う蝕)
- 被爆以前に発症した精神病

訪問看護ステーションと医療機関指定の関係
訪問看護ステーションがこの制度に基づく医療を提供するには、あらかじめ医療機関としての指定を受けている必要があります。認定疾病医療の場合は厚生労働大臣の指定、一般疾病医療の場合は都道府県知事の指定です。指定を受けていない訪問看護ステーションでは、被爆者向けの公費負担分を含むレセプト請求はできません。

指定を受けていない状態で被爆者の方を担当することになった場合は、緊急やむを得ない理由がある場合を除き、まずは所轄の都道府県(多くは保健医療主管部局)に指定申請の手続きを確認することが先決です。指定前にやむを得ず受療した場合は、いったん窓口で費用を受け取り、後日払い戻しの手続きになる点も押さえておきましょう。
介護保険サービスと被爆者援護制度の関係
訪問看護は医療保険だけでなく介護保険でも提供されます。一般疾病医療費の給付は「保険給付の残りの部分を公費負担する」という枠組みであるため、介護保険の医療系サービス(訪問看護・訪問リハビリテーション等)を利用する場合も、この原則に沿って自己負担分が公費で埋められる扱いとなります。ただし、食費・滞在費など保険給付の対象外となる費用は、この公費負担の対象には含まれません。
保険種別ごとの医療費負担割合
一般疾病医療費(法別番号19)における公費負担の割合は、利用者さんが加入している医療保険の種類によって異なります。東京都の実務手引きに示されている負担割合の考え方は、次のとおりです。
| 加入している医療保険 | 保険給付 | 原爆医療(公費) |
|---|---|---|
| 社会保険(本人・家族) | 7割 | 3割 |
| 国民健康保険 | 7割 | 3割 |
| 前期高齢者医療 | 8割(7割) | 2割(3割) |
| 後期高齢者医療 | 9割(7割) | 1割(3割) |
| 生活保護受給者(保険未加入) | — | 10割 |
前期高齢者医療において一部負担金の軽減特例措置の対象となる方は、原爆医療(法別番号19)が優先して適用されるため、1割負担の方は保険8割・原爆医療2割という組み合わせになります。
国民健康保険に加入できない外国人の方等は、原爆医療から10割給付されます。一方、国民健康保険に加入する資格がありながら加入していない方は、窓口で7割分を自己負担のうえ、原爆医療からは3割給付という扱いになります。個別の状況によって取り扱いが分かれるため、判断に迷う場合は所轄の担当窓口に確認しましょう。
高額療養費制度との関係
1か月の自己負担額(標準負担額を除く)が高額療養費制度の適用となる金額に達した場合は、その上限金額が原爆医療の給付における支給限度額となります。高額療養費制度そのものの仕組みについては、あわせて関連記事もご確認ください。
療養費の請求方法
一般疾病医療費の請求は、診療報酬明細書(レセプト)を用いて行います。窓口では被爆者から自己負担分を徴収せず、保険分・公費分をあわせて審査支払機関に請求する流れです。
- 被爆者健康手帳の確認各種保険証とともに、被爆者健康手帳(公費負担者番号を含む)の提示を受ける。他都道府県が発行した手帳でも有効。
- 保険分の請求社会保険の場合は社会保険診療報酬支払基金へ、国民健康保険の場合は国民健康保険団体連合会へ、保険分を請求する。
- 公費分の請求同じレセプトで公費負担分(法別番号19)をあわせて記載し、審査支払機関を通じて請求する。介護保険の医療系サービスの場合は、介護給付費明細書を用いて国民健康保険団体連合会に請求する。

他の公費負担医療制度との優先順位
被爆者援護法に基づく医療給付(原爆医療)は、他の公費負担医療制度と組み合わさる場合の優先順位が定められています。東京都の実務手引きによれば、後期高齢者医療制度や結核予防法等に基づく公費負担制度は原爆医療より優先されます。一方で、生活保護法や障害者総合支援法に基づく給付よりは、原爆医療のほうが優先して適用されます。
複数の公費負担制度が絡む利用者さんの場合、どちらを優先して適用するかで請求方法が変わります。判断に迷う場合は、所轄の都道府県担当窓口や審査支払機関に確認することをおすすめします。
よくある質問
被爆者健康手帳を持つ利用者さんへの訪問看護で、利用者負担は発生しますか?
指定を受けた被爆者一般疾病医療機関としてサービスを提供する場合、保険給付の残りの部分は公費で負担されるため、窓口での自己負担は原則として発生しません。介護保険の医療系サービスを利用する場合も、この原則に沿った扱いとなりますが、食費・滞在費など保険給付の対象外の費用はこの限りではありません。
訪問看護ステーションが被爆者一般疾病医療機関の指定を受けていない場合、訪問できませんか?
指定を受けていなくても訪問自体は可能ですが、公費負担分を含むレセプト請求はできません。緊急その他やむを得ない理由で指定医療機関以外で受療した場合は、いったん窓口で費用を受け取り、後日払い戻しの手続きを行うことになります。恒常的に被爆者の利用者さんを担当する可能性がある場合は、事前に指定を受けておくことをおすすめします。
認定疾病医療と一般疾病医療は、どちらの法別番号を使いますか?
認定疾病医療は法別番号18、一般疾病医療は法別番号19です。認定疾病医療は厚生労働大臣が指定した医療機関で、原爆症認定を受けた疾病について全額公費負担となります。一般疾病医療は都道府県知事が指定する医療機関で、保険給付の残りを公費負担する仕組みです。
後期高齢者医療制度と原爆医療の両方に該当する場合、どちらが優先されますか?
後期高齢者医療制度が原爆医療より優先して適用されます。一方で、生活保護法や障害者総合支援法に基づく給付よりは、原爆医療のほうが優先されます。複数の制度が絡む場合は、所轄の都道府県担当窓口や審査支払機関に確認するとよいでしょう。
1か月の自己負担額が高額になった場合、原爆医療の給付はどうなりますか?
1か月の自己負担額(標準負担額を除く)が高額療養費制度の適用となる金額に達した場合は、その上限金額が原爆医療の給付における支給限度額となります。高額療養費制度と組み合わせて考える必要がある点に注意してください。
制度の詳細・自治体ごとの運用は変更されることがあります。実際の請求・指定申請にあたっては、所轄の都道府県担当窓口や審査支払機関の最新情報をご確認ください。
まとめ|被爆者への訪問看護は「2つの医療給付」の理解が出発点
原子爆弾被爆者への訪問看護は、件数としては多くない一方、通常の保険請求とは異なる知識が必要な領域です。認定疾病医療と一般疾病医療の違い、医療機関指定の要否、他制度との優先順位を押さえておくことで、いざというときに落ち着いて対応できます。
- 被爆者健康手帳所持者数は減少傾向にあり、令和7年度末時点で全国91,105人
- 認定疾病医療(法別番号18)は全額公費負担、一般疾病医療(法別番号19)は保険給付の残りを公費負担
- 訪問看護ステーションは一般疾病医療機関としての都道府県知事指定が必要
- 後期高齢者医療制度は原爆医療より優先、生活保護法・障害者総合支援法よりは原爆医療が優先
制度の枠組みを理解しておくことが、正確な請求と利用者さんへの安心につながります。
























