訪問看護で摘便を定期的に行う場合は、主治医の指示を受け、訪問看護指示書に記載してもらうのが原則です。摘便は直腸の粘膜を傷つけたり、血圧低下などを起こしたりするおそれがある処置で、看護師が主治医の指示のもとで行う診療の補助として扱うのが一般的だからです。
一方で、訪問時に急に摘便が必要になる場面も少なくありません。この記事では、摘便と医師の指示の関係を法律と通知から整理したうえで、摘便の前に行うアセスメント、安全な手順、注意すべきリスク、記録と多職種連携のポイントまで解説します。
- 摘便とは何か、訪問看護でどのくらい行われているか
- 摘便に医師の指示が必要な理由と、臨時応急の場合の考え方
- 介護職が摘便を行えない理由(浣腸との違い)
- 摘便の前に行う排便アセスメントと、安全な手順
- 迷走神経反射・粘膜損傷などのリスクと中止の目安
- 記録・指示書・ケアマネジャーとの連携のポイント
目次
摘便とは|訪問看護でよく行われる処置
摘便とは、肛門から直腸に指を入れ、たまった便をかき出す処置です。直腸に便がたまっているのに自力で排便できない場合に行います。寝たきりや筋力の低下、腹圧をかけにくい、便意を感じにくい、オピオイドなどの薬剤による便秘があるといった利用者では、摘便が必要になる場面が多くなります。
厚生労働省が令和3年度介護報酬改定に向けて社会保障審議会介護給付費分科会(第182回、令和2年8月19日)に示した資料では、介護サービス施設・事業所調査をもとに、訪問看護の医療処置にかかる看護内容は、介護度が高くなるにつれて「浣腸・摘便」などの実施割合が高くなっていると分析されています。要介護度が高い利用者が多いステーションほど、摘便は日常的な処置といえます。

摘便は「慣れた処置」になりやすいぶん、手順やルールの確認がおろそかになりがちです。よく行う処置だからこそ、事業所で手順と指示の取り方をそろえておくことが大切です。
摘便に医師の指示は必要?法律と通知から整理
看護師の業務は、保健師助産師看護師法(保助看法)で定められています。同法第37条は、看護師等が医師の指示なく行ってはならない行為を次のように定めています。
保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣かん腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。
摘便は、直腸粘膜の損傷や出血、迷走神経反射による血圧低下などを起こすおそれがあるため、医師の指示のもとで看護師が行う「診療の補助」として扱うのが一般的な考え方です。定期的に摘便が必要な利用者については、主治医に相談し、訪問看護指示書の留意事項・指示事項の欄などに摘便の指示を記載してもらいましょう。
臨時に摘便が必要になった場合
第37条のただし書きにあるとおり、臨時応急の手当は医師の指示がなくても行えるとされています。訪問時に便が直腸に詰まって強い苦痛がある場合など、その場で対応が必要な状況で、看護師が判断して摘便を行うことは考えられます。
ただし、何が「臨時応急」に当たるかは個別の状況によって判断されるもので、「臨時応急だから毎回指示なしでよい」ということにはなりません。臨時に摘便を行った場合は、次の対応をセットで行いましょう。
- 実施した理由、手技、便の性状・量、利用者の反応を記録に残す
- 主治医に報告し、今後の排便コントロールの方針を相談する
- 今後も摘便が必要になりそうな場合は、指示書への記載を依頼する
介護職は摘便を行えない(浣腸との違い)
厚生労働省の通知「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について」(平成17年7月26日医政発第0726005号)は、原則として医行為ではないと考えられる行為を示しています。排便に関わるものとしては、市販のディスポーザブルグリセリン浣腸器を用いた浣腸が挙げられています(挿入部の長さが5〜6cm程度以内、グリセリン濃度50%、成人用で40g程度以下など)。
一方で、摘便はこの一覧に含まれていないため、介護職が業として行うことはできないと考えるのが一般的です。また、同通知では、一覧の行為であっても病状が不安定で専門的な管理が必要な場合には医行為とされる場合もあり得るとしています。
| 行為 | 看護師 | 介護職 |
|---|---|---|
| 摘便(定期的に行う) | 主治医の指示のもとで実施(指示書に記載を依頼) | 行えない |
| 摘便(臨時に必要になった場合) | 臨時応急の手当として実施し、記録・主治医へ報告 | 行えない(看護師や医師に連絡) |
| 市販のディスポーザブルグリセリン浣腸器による浣腸 | 主治医の指示・方針に沿って実施 | 通知の条件を満たす場合は原則として医行為に当たらないとされる |

摘便の前に|利用者に合った排便コントロールを考える
摘便は、排便コントロールの手段の一つにすぎません。毎回摘便に頼る前に、便秘の背景をアセスメントし、利用者・家族と一緒に排便のリズムを整える方法を考えることが大切です。
| アセスメントの視点 | 確認すること |
|---|---|
| 排便パターン | 回数、間隔、時間帯、便の性状(硬さ・量)、残便感 |
| 食事・水分 | 食事量、食物繊維、1日の水分摂取量 |
| 活動・姿勢 | 離床の状況、トイレやポータブルトイレに座れるか、前傾姿勢がとれるか |
| 薬剤 | 下剤の種類・量・タイミング、便秘を起こしやすい薬(オピオイド、抗コリン薬など) |
| 身体所見 | 腹部の膨満・腸蠕動音、肛門周囲の皮膚、痔核の有無、直腸内の便の有無 |
| 生活・介護 | 便意を伝えられるか、家族の介護力、トイレ誘導のタイミング |
アセスメントの結果をもとに、水分や食事の工夫、決まった時間にトイレに座る習慣づくり、排便しやすい前かがみの姿勢、腹部マッサージや温罨法、主治医と相談した下剤の調整などを組み合わせます。摘便の回数が減ることは、利用者の苦痛と粘膜損傷のリスクを減らすことにもつながります。
訪問看護で摘便を安全に行う手順
摘便の基本的な流れは次のとおりです。手技の細部は、事業所の手順書や主治医の指示に従ってください。
- 説明と同意、状態の確認摘便の目的と方法を説明し、同意を得ます。実施前にバイタルサイン、腹部の状態、最終排便、抗凝固薬の内服や痔核の有無などを確認します。
- 準備手袋(必要に応じて二重)、潤滑剤、防水シーツ、おむつや便器、拭き取り用品を準備します。看護師の爪は短く整えておきます。
- 体位を整える一般的には左側臥位で膝を曲げた姿勢をとってもらい、プライバシーと保温に配慮します。
- 肛門周囲をほぐす潤滑剤を十分につけた示指で肛門周囲をやさしくマッサージし、肛門括約筋の緊張がゆるむのを待ちます。
- 指を挿入して便を出す口呼吸を促しながらゆっくり指を挿入し、直腸の壁に沿わせて少しずつ便をかき出します。大きな便塊は、出せる大きさに崩してから出します。
- 実施中の観察顔色、表情、冷汗、腹痛、気分不快の訴えを観察し、異常があればすぐに中止します。
- 後片付けと実施後の観察肛門周囲を清拭し、皮膚の状態や出血の有無を確認します。実施後のバイタルサインと体調を確認し、記録します。
便塊を崩すときは、直腸の前壁(腹側)に強い圧をかけないことが重要です。直腸の前壁は損傷しやすいとされるため、背中側(仙骨側)に沿わせるように指を動かします。

摘便の注意点とリスク|中止の目安
摘便は日常的な処置ですが、次のようなリスクがあります。
| リスク | 起こりうること | 予防・対応 |
|---|---|---|
| 迷走神経反射 | 直腸の刺激により血圧低下、徐脈、顔面蒼白、冷汗、気分不快、意識レベルの低下 | ゆっくり行う、長時間続けない、症状があればすぐ中止して安静・バイタル確認 |
| 直腸粘膜の損傷・出血 | 無理な挿入や爪・強い力による粘膜の傷、痔核からの出血 | 十分な潤滑、爪の手入れ、愛護的な操作。抗凝固薬内服中は特に注意 |
| 直腸穿孔 | 前壁への強い圧などによる穿孔(重篤) | 腹側へ圧をかけない、強い抵抗があれば無理をしない |
| 肛門周囲の皮膚トラブル | 繰り返しの摘便や便の付着によるただれ | 清拭と保湿・保護、摘便の回数を減らす排便ケア |
気分不快、冷汗、顔面蒼白、脈が遅くなる・弱くなる、強い腹痛、出血が続くといった症状が見られたら、摘便を中止して安静にし、バイタルサインを確認します。症状が改善しない場合は主治医に連絡し、必要に応じて救急対応をとります。どのような場合に連絡するかを、あらかじめ主治医と確認しておきましょう。
また、グリセリン浣腸の直後に摘便を行うと、浣腸液の刺激を受けた直腸粘膜を傷つけやすくなるため、浣腸と摘便の併用は避けたほうがよいとされています。浣腸と摘便のどちらを、どの順番で行うかは、主治医と方針をすり合わせておきましょう。
摘便の記録と多職種連携
摘便を行ったら、次の内容を記録に残します。記録は、次に訪問するスタッフへの申し送りであると同時に、排便コントロールを見直すための材料になります。
- 実施した理由(最終排便日、腹部・直腸の所見など)
- 実施内容(体位、浣腸や下剤との併用の有無)
- 便の性状と量(硬さ、色、血液の混入の有無など)
- 実施中・実施後の利用者の反応とバイタルサイン
- 今後の方針(下剤の調整の相談、次回の予定、主治医への報告内容)
摘便が定期的に必要な状態が続く場合は、訪問看護計画書に排便ケアの課題として位置づけ、訪問看護報告書で主治医に経過を伝えます。介護保険の利用者では、ケアマネジャーと情報を共有し、訪問日程や訪問介護・通所サービスでの排泄ケアとの役割分担を調整しておくと、利用者の生活リズムに合った排便ケアにつながります。

摘便は、利用者さんにとって恥ずかしさや苦痛をともなうケアです。声をかけながら、短い時間で、できるだけ負担の少ない方法で行うこと。そして「次は摘便しなくて済むように」と排便ケア全体を見直すことが、訪問看護師の腕の見せどころです。
よくある質問
訪問看護で摘便をするのに医師の指示は必要ですか?
摘便は直腸粘膜の損傷や血圧低下などのおそれがあるため、医師の指示のもとで看護師が行う診療の補助として扱うのが一般的です。定期的に摘便が必要な利用者については、主治医に相談して訪問看護指示書に記載してもらいましょう。
訪問時に急に摘便が必要になった場合はどうすればよいですか?
保健師助産師看護師法第37条では、臨時応急の手当は医師の指示がなくても行えるとされています。その場で摘便を行った場合は、実施理由や反応を記録し、主治医に報告して今後の方針を相談しましょう。継続して必要な場合は、指示書への記載を依頼します。
介護職は摘便をしてもよいですか?
厚生労働省の通知で原則として医行為ではないとされている行為には、市販のディスポーザブルグリセリン浣腸器を用いた浣腸は含まれていますが、摘便は含まれていません。そのため、介護職が業として摘便を行うことはできないと考えるのが一般的です。
摘便中に気分不快や冷汗が出たらどうすればよいですか?
迷走神経反射による血圧低下などが考えられるため、すぐに摘便を中止し、安静にしてバイタルサインを確認します。症状が改善しない場合は主治医に連絡し、必要に応じて救急対応をとります。
摘便の体位はどうすればよいですか?
一般的には、左側臥位で膝を曲げた姿勢で行います。利用者の状態によって体位がとれない場合もあるため、無理のない姿勢で、プライバシーと保温に配慮して行いましょう。
- e-Gov法令検索「保健師助産師看護師法」
- 旭川市掲載 厚生労働省医政局長通知「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について」(平成17年7月26日医政発第0726005号)
- 厚生労働省「社会保障審議会介護給付費分科会(第182回)資料3 訪問看護」
実際のケアにあたっては、主治医の指示と事業所の手順書をご確認ください。

まとめ|訪問看護の摘便はルールに沿って安全に
摘便は訪問看護でよく行われる処置ですが、粘膜損傷や迷走神経反射などのリスクをともなう処置でもあります。指示の取り方、手順、中止の目安、記録を事業所でそろえておくことが、利用者の安全とスタッフの安心につながります。
- 摘便は医師の指示のもとで行う診療の補助として扱い、定期的に行う場合は指示書に記載してもらう
- 臨時応急の摘便は可能とされるが、記録と主治医への報告をセットで行う
- 介護職が行えるのは通知の条件を満たす市販浣腸までで、摘便は含まれない
- 摘便の前に排便パターン・食事・薬剤などをアセスメントし、摘便に頼らない排便ケアを考える
- 腹側に圧をかけず、気分不快・冷汗・徐脈・出血があればすぐ中止する
- 浣腸直後の摘便は避け、実施内容と便の性状、利用者の反応を記録して共有する
よく行う処置だからこそ、ルールと手順を見直し、安全な摘便を続けていきましょう。























