【訪問看護師向け歯科医師連載:第3回】訪問看護の際に知っておきたい歯科と薬剤の関係

 

歯科医 島谷

みなさんこんにちは。

歯科医師の島谷浩幸と申します。

著書『歯磨き健康法』『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』などがあります。

 

これから連載として、訪問看護と歯科との関わりについて様々なトピックスを取り上げていきます。

第3回は『訪問看護の際に知っておきたい歯科と薬剤の関係』お話ししたいと思います。

訪問看護の患者さんが訪問歯科の治療を受けているケースが少なからずあると思います。

今回はそのような患者さんに対して訪問看護する際に参考にしていただきたい歯科と薬の関係性について論じていきます。

 

 

過去の連載はこちら

 

高齢者の歯科受診率の増加

平成元年に始まった「8020運動」(「80歳になっても20本以上、自分の歯を保とう」という運動)の達成者率は厚生労働省の令和4年歯科疾患実態調査で達成者率が推計で51.6%になり、前回調査(平成28年)に続いて50%を超えました。

このように高齢者の歯が増加して健康面へのプラス面が予想されますが、高齢者の歯科受診率は年々上昇しており、平成28年には40%を超えました。

歯磨きに関する啓蒙活動などの成果により、高齢者の歯数は順調に増加傾向を示していますが、皮肉にも虫歯や歯周病で痛み止めや腫れ止めの薬を処方する機会も増える現状があるのです。

 

抗凝固薬を使用する患者への対応

以前、わが国では心筋梗塞や脳梗塞を患って抗凝固薬を用いる人に抜歯等の出血を伴う外科的処置をする際、内科等の主治医に相談して抜歯の前後数日間、薬を一時的に止める(休薬する)傾向にありました。

しかし、近年は日本口腔外科学会等のガイドラインが示しているように、休薬によって起こるリスク(休薬中に血が固まり新たな梗塞を起こす危険性)を考慮すると、十分な圧迫止血や傷口の縫合などの止血対策を適切に行えば休薬は必要ない場合もある、という考え方が主流です。

訪問看護の患者さんが抜歯などの治療を受けた場合は、そのような術後の出血リスクの点も注意しましょう。

 

骨粗鬆症治療薬への対応

近年、歯科治療と薬剤の関係で注目されているのが、ビスホスホネート系薬剤(以下、BP製剤)です。BP製剤は骨吸収抑制薬に属しており、骨粗鬆症や多発性骨髄腫という骨にできる腫瘍、前立腺癌・肺癌などの癌細胞の転移による病的骨折を防ぐ薬として使われます。

その一方で、この薬剤を使用する患者に抜歯すると、抜歯窩の治癒が遅延するだけでなく、顎骨が腐る(顎骨壊死、図1)リスクを高めることに関して国内外の報告があります。

ですから、それを防ぐために抜歯等の骨代謝に影響する外科的な処置をできるだけ避け、少しでも歯が長持ちするように口腔ケアなど必要な処置を行います。

訪問看護の際に図1のような腐骨を見つけたら、速やかに歯科医師に相談するようにして下さい。

薬剤耐性の問題

感染症の治療で使用する薬剤に抗菌薬がありますが、口腔二大疾患である虫歯・歯周病が口腔内細菌の感染症であるために歯科でも使用頻度が高い薬剤です。

抗菌薬に関して問題になるのが「薬剤耐性」、つまり菌が抗菌薬に対して抵抗性(耐性)を持って変化することにより、抗菌薬が効かない、または効きにくい状態になることです。

多種類の抗菌薬に対して耐性を示すMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)のように院内感染のニュースでも取り上げられる薬剤耐性ですが、歯科領域でも問題になることがあります。

例えば、歯周病菌の中にはペニシリン系抗菌薬を分解するペニシリナーゼという酵素を産生する菌が存在し、抗菌薬の効果を減弱させる結果、難治性歯周炎の原因となります。

歯科では歯周病の炎症で歯ぐきが腫れている場合や、虫歯が進行して歯根の先端部に膿が溜まり、痛みなどの急性症状を伴うような場合に抗菌薬を処方します。

しかし、腫れが改善しない場合は継続して追加の抗菌薬を処方することもありますが、同じ薬剤を続けると耐性菌が増えやすくなるため、漫然と薬を継続せずに異なる種類の抗菌薬に変更するなどの対応が必要となります。

訪問看護の際には、同じ抗菌薬が長期間にわたり投与されていないかをチェックすることも重要です。

 

訪問看護の際は、薬の管理の大切さを伝えましょう

内服薬は消化管で吸収されて血液循環に乗り、目的の部位で効果を発揮した後は肝臓などの臓器で代謝されて排出されます。

しかし、高齢者の多くは肝臓だけでなく腎臓などの薬物排泄に関わる臓器が衰えているため、各々の患者の身体の状況に合わせて薬剤を処方する必要があります。

歯科の薬は内科などと比較して種類は多くはありませんが、量や組み合わせによって好ましくない事態が起こるリスクがあるため、処方の内容を正確に把握した上で処方することが重要です。
そこで役に立つのが「お薬手帳」ですが、持参しないで受診される人も少なくないのが実情です。実際の研究報告を見てみましょう。

2015年に静岡県立大学の井出和希氏らが報告した研究で手帳の持参率を調査したところ、全年齢層で57.1%になり、半数以上の人が持参されたことが明らかになりました。

その一方で、最も持参率の高い70~79歳の年齢層でも71.6%にとどまり、4人に1人以上が持参していないことも判明しました(図2)。

高血圧症や糖尿病などで内科の薬を飲んでいる高齢患者も多く、そこに歯科の薬剤が加われば薬の管理が困難になり、薬が増えると副作用が出るリスクも上がります。

このような高齢者こそ正しい処方を受けるために、必ずお薬手帳を持参および所持することが重要です。

訪問看護の現場で正しく薬剤が活用されるように、患者本人やご家族に薬を管理する大切さを伝えましょう。

 

【参考資料】

  • 厚生労働省:令和4年、平成28年歯科疾患実態調査.
  • 日本有病者歯科医療学会、日本口腔外科学会、日本老年歯科医学会編集:抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン2020年版.学術社.2020.
  • 日本口腔外科学会監修:ビスホスホネート系薬剤と顎骨壊死~理解を深めていただくために~.2008.
  • 井出和希他:お薬手帳の再持参率を指標とした手帳活用度の調査.Jpn J Drug Inform. 16(4): 201-205, 2015.
  • 島谷浩幸:超高齢化社会における歯科の役割④歯科と薬剤との関わり.厚生福祉(6770):2-7,2022.

ビジケア公式LINEに登録すると、訪問看護に関する最新情報(診療報酬や介護報酬改定を中心とした内容)が月に2回無料で配信されます。

最新セミナー情報やお得なご案内も配信していますので、よろしければ登録をお願いします。

友だち追加