【訪問看護師向け歯科医師連載:第2回】口腔ケアで誤嚥性肺炎予防

 

歯科医 島谷

みなさんこんにちは。

歯科医師の島谷浩幸と申します。

著書『歯磨き健康法』『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』などがあります。

 

これから連載として、訪問看護と歯科との関わりについて様々なトピックスを取り上げていきます。

第2回は『口腔ケアで誤嚥性肺炎予防』お話ししたいと思います。

訪問看護の現場では、患者さんの誤嚥性肺炎に対する予防策も大切な業務の一つです。

今回は、誤嚥性肺炎の成り立ちから現場でできる対策などを見ていこうと思います。

 

 

過去の連載はこちら

 

誤嚥性肺炎とは?

近年、日本人の死亡原因として肺炎は少なくありません。厚生労働省の人口動態統計によると年齢が上がるごとに肺炎の占める割合が増加し、高齢者の健康を考える上でとても重要なのが「誤嚥性肺炎」です。

誤嚥とは、本来食道に送り込まれるべき食塊や水分が何らかの原因により、気道である気管や肺に入った状態です。その際、口腔や鼻腔、咽頭内の細菌や真菌も一緒に流れ込むことが多く、感染症として発症することがあります。誤嚥性肺炎は誤嚥により発症する肺炎で、発熱・倦怠感などの症状が出るほか、重症化すると命を落とすことも少なくありません。

誤嚥すると、機能が正常ならば激しくむせて誤嚥物を喀出しようとする防御機構が働きます。

これを顕性誤嚥といいます。

しかし、気管の感覚低下や咳反射の鈍化などが原因で、誤嚥してもむせや咳嗽などの反応が出ないことがあります。

これを、不顕性誤嚥といいます。不顕性誤嚥では外見上、誤嚥しているか否かが判断できないため、誤嚥性肺炎のリスクが高くなります。

誤嚥の原因で中心となるのが、摂食嚥下機能の障害です。食事中に誤嚥すれば、食物と一緒に菌が気管に侵入します。また、食事中に限らず先述の不顕性誤嚥のように就寝中でも唾液を介して菌の侵入が起こることがあります。

 

飲み込み(嚥下)に問題が起きる原因

嚥下障害の原因は、器質的(解剖学的)障害と機能的(生理学的)障害の2つに大別されます。また、加齢による機能低下も影響します。

  1. 器質的(解剖学的)障害:器質的障害とは口腔や咽頭・食道などの消化管の解剖学的構造に異常があり、食塊の通り道に障害物があるような状態です。
    舌癌や咽頭癌などの口腔・咽頭の腫瘍や術後の障害が原因になる場合などです。
    例えば、舌癌では術後に舌切除による舌の運動障害を生じることが多く、食塊を口腔内でうまく処理できない結果、咽頭へ送り込めないなどの口腔期における障害が起きます。
  2. 機能的(生理学的)障害:機能的障害とは、口腔や咽頭の解剖学的な構造が正常でも、それらの運動に問題があって食塊の通り道の動きが緩慢になるような状態です。原因として脳血管障害や脳炎、脳腫瘍、脳性麻痺、外傷性脳損傷、筋ジストロフィーなどの様々な病変が挙げられます。
  3. 加齢の影響:歯が減少して噛む機能が衰えたり、唾液腺が萎縮して唾液が減ったりすると嚥下に悪影響が出ます。また、嚥下反射の衰えなども影響します。さらに、感染症である誤嚥性肺炎はその発症に免疫機能が大きく関係します。免疫力は20~30歳代をピークに加齢につれて低下するため、高齢者は若年者と比較して誤嚥性肺炎の発症リスクは上昇します。

ところで、摂食嚥下障害の典型的な症状として「飲み込みにくい」「むせる」がありますが、明らかな症状がなくても不顕性誤嚥の可能性をいつも念頭に入れることが大切です。

夜間の咳や繰り返す発熱、食欲低下、体重減少などの症状がある時は誤嚥性肺炎を疑い、早急な検査が必要です。

胸部X線検査で肺炎所見の有無、血液検査で白血球数、CRP値の増加などを確認し、肺炎かどうかの診断をする必要があります。誤嚥性肺炎と診断されたら、速やかに抗菌薬による薬物療法などを始めなければなりません。

 

誤嚥性肺炎の予防に口腔ケアは必須

わが国の肺炎死亡者の90%以上が65歳以上の高齢者です。

入院高齢者の肺炎のうち7割以上を誤嚥性肺炎が占め、歯磨きや口腔ケアで口腔内の菌を減らして清潔に保つことは、誤嚥性肺炎予防には必須です。

図1は2001年に米山武義氏らが報告した研究結果で、口腔ケアが誤嚥性肺炎を防ぐのに効果的であることを示しています。

口腔ケア実施群と未実施群で比較すると、実施群は発熱の発生率だけでなく肺炎の発生率も低くなり、肺炎による死亡率も有意に減少するという結果となりました。

 

訪問看護の現場でできる予防策

訪問看護の現場でできる予防策を紹介します。

  1. 口腔内の加湿・保湿の重要性:多くの高齢者に加齢や薬剤の副作用などが原因で唾液分泌の減少が認められます。口腔乾燥による粘膜損傷のほか、唾液が菌を洗い流す自浄作用や唾液中の抗菌物質(ラクトフェリン、分泌型IgA等)による抗菌作用が弱まる結果、誤嚥性肺炎のリスクを高めています。そこで重要なのが、保湿ジェルや人工唾液を使った口腔内の加湿・保湿です(図2)。

    加湿は乾燥した口腔粘膜や歯に潤いを与えることで、保湿はその潤いを長い時間にわたり持続させることです。
    口腔保湿剤には多くの商品がありますが、近年注目の配合成分に抗菌作用などがあるヒノキ由来の天然成分・ヒノキチオールがあります。当院歯科ではこの成分を含有した保湿剤を使用しています。
  2. 食事時の注意点:誤嚥性肺炎の予防には食前に口腔ケアで口腔内を清潔にするだけでなく、食事時の姿勢やむせ・咳の有無を確認したり、嚥下動作を注意深く見守ったりすることも重要です。
    さらに、食物の大きさや形、一度に口に入れる量にも配慮が必要なこともSTや看護師が中心となり、ご家族や患者さん自身に伝えることも大切です。
    小さくて噛みやすいものを少量ずつ食べるのが安全な食べ方の基本ですが、食べやすいと思われがちな、いわゆる「きざみ食」は、食塊がまとまりにくく誤嚥リスクが上がるので要注意です。介護食ではスムーズな嚥下を助けるためにゼリー状にしたり、「とろみ」を付与したりします。
    食形態の調整をすることで食塊がまとまって飲み込みやすくなり、粘度の増加で食塊の喉を通る速度が遅くなる結果、嚥下反射に遅延があっても誤嚥しにくくなります。

以上のように、訪問看護の際には歯科衛生士(DH)や看護師による定期的な口腔ケアを実践し、食事の配慮などで誤嚥性肺炎を予防できることを伝えましょう。

【参考資料】

  • 厚生労働省:人口動態統計.
  • 島谷浩幸:在宅の難病ケアにおける歯科の役割.難病と在宅ケア28巻7号,35-38;2022.
  • 米山武義他:口腔衛生の誤嚥性肺炎に対する予防効果.日歯医学雑誌20,58-68;2001.

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