訪問看護は、利用者の自宅というプライベートな空間に、看護師が単独で入っていくサービスです。病院や施設のように同僚がすぐそばにいるわけではないため、「予想外の出来事」に直面したとき、一人で抱え込んでしまいがちです。
新人看護師はもちろん、経験を積んだスタッフでも、家族対応の難しさ・利用者との距離感・医師との連携不足・ハラスメント・事故など、さまざまなトラブルに遭遇する可能性があります。本記事では、訪問看護の現場で起こりやすい5つのトラブルとその対処法を、2026年10月に施行されるカスタマーハラスメント対策の義務化という最新の動きも踏まえて解説します。
- 訪問看護の現場で起こりやすい5つのトラブルと具体的な対処法
- クレーム・距離感・連携不足・ハラスメント・事故賠償、それぞれの共通する原因
- 2026年10月施行のカスタマーハラスメント対策義務化と、事業所として備えるべきこと
- トラブルを未然に防ぐために事業所が整えておきたい体制
- トラブルに直面した新人看護師が持っておきたい心構え
目次
訪問看護の現場でトラブルが起こりやすい理由
訪問看護がトラブルに発展しやすいのには、いくつかの構造的な理由があります。利用者の自宅という「密室」に近い環境で単独対応することが多く、その場に第三者の目がないこと。医療保険と介護保険が絡み合い、医師・ケアマネジャー・訪問介護など多職種が関わるため、情報が食い違いやすいこと。そして、利用者や家族との関係が長期間続くことで、公私の境界があいまいになりやすいことです。

訪問看護は「一人で訪問する」仕事であって、「一人で仕事をしている」わけではありません。トラブルに直面したときほど、事業所というチームの力を頼ってほしいと思います。
訪問看護で気をつけたい5つのトラブルと対処法
ここからは、訪問看護の現場でとくに起こりやすい5つのトラブルパターンを、具体例と対処法とあわせて見ていきます。
1. 利用者・家族からの過度な要求やクレーム
「訪問時間を延ばしてほしい」「医療行為以外の家事もしてほしい」「他の家族の相談にも乗ってほしい」「24時間いつでも電話に出てほしい」——こうした要求は、利用者や家族が「困っているからつい頼んでしまう」という背景から生まれることが多いものです。
- できないことは、できないとはっきり伝える勇気を持つ
- 「事業所として決まっているルール」であることを説明する
- 他の制度やサービスで代替できる可能性をセットで伝える
- 個人で抱え込まず、管理者やケアマネジャーに報告する
大切なのは、その場の看護師個人の判断で線引きをするのではなく、チームとして対応する姿勢を利用者・家族にも見せることです。
2. 利用者との距離が近くなりすぎる問題
「個人的な連絡先を聞かれる」「勤務時間外の相談を求められる」「プレゼントや金銭を渡されそうになる」「特定の看護師を強く希望される」といった状況は、訪問看護ならではの悩みです。一度特別対応をしてしまうと、それが「当たり前」になってしまうリスクがあります。
- 連絡は必ず事業所を通す
- 個人的な贈り物は受け取らない
- 「訪問はチームで支えていること」を丁寧に説明する
- ルールは一度ではなく繰り返し伝える
最初にきちんと線引きをしておくことが、結果的に利用者・家族との関係を長く円滑に保つことにつながります。
3. 医師やケアマネジャーとの連携不足による混乱
「指示内容が統一されていない」「聞いていた話と違う」「誰が対応するのか不明」——こうした混乱は、急変時や処置の変更時に情報が伝わっていないと、大きな問題に発展しかねません。
- 記録に残す:口頭のやり取りだけで済ませない
- 確認する:不明点があれば遠慮せず確認する
- 共有する:多職種間で情報を共有する
訪問看護計画書・報告書・連絡ノート・電話記録など、記録として残せる手段を積極的に活用しましょう。
4. ハラスメントや不適切な言動
「体に触れられる」「容姿についての発言」「威圧的な態度」「不必要に長時間引き止められる」——これらは、我慢すればいいと考える必要はまったくありません。スタッフの安全が守られてこそ、継続した支援が可能になります。
- その場で毅然と断る
- すぐに管理者へ報告する
- 複数名訪問への切り替えを検討する
- 必要に応じて契約内容の見直しを行う
利用者を守るだけでなく、スタッフを守る体制があるかどうかは、事業所にとって非常に重要なポイントです。
5. 事故や物品破損などの賠償トラブル
「物を壊してしまった」「家具に傷をつけてしまった」「医療物品を紛失した」——こうした事故は、どれだけ注意していても起こり得ます。最も重要な原則は「隠さないこと」です。小さなことでも必ずその場で謝罪し、管理者へ報告しましょう。
自己判断で弁償したり、利用者と個人的に解決しようとしたりすることは絶対に避けましょう。問題が複雑になるだけでなく、事業所として本来対応すべき損害賠償の手続きが後回しになってしまいます。

まだある!訪問看護でよくあるその他のトラブル
5つの代表的なトラブル以外にも、訪問看護の現場ではさまざまな困りごとが起こります。
- 駐車場が確保できず、訪問のたびに苦労する
- ペットがいて、処置や観察に集中しづらい
- 住環境の問題で、十分な感染対策が取りにくい
- 家族間で意見が対立しており、板挟みになる
- 終末期のケアで、感情的な場面が増える
これらに共通する対策は、「一人で抱え込まないこと」です。訪問看護には、管理者・同僚・医師・ケアマネジャー・ヘルパーなど、多くの職種が関わっています。困ったときにすぐ相談できる環境があるかどうかで、働きやすさは大きく変わります。
【2026年10月1日施行】カスタマーハラスメント対策の義務化と訪問看護での備え
訪問看護のハラスメント対策を考えるうえで、押さえておきたい制度改正があります。令和7年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法により、顧客や利用者などからの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)への対応が、事業主の雇用管理上の措置義務として位置づけられ、2026年(令和8年)10月1日から施行されます。労働者を1人でも雇用するすべての事業主が対象で、業種や事業所規模による猶予は設けられていません。
訪問看護は、利用者・家族という「顧客等」から日常的に対応を求められる業態であるため、この改正はまさに現場に直結する内容です。事業主に求められる措置の詳細は指針で定められているため、施行までに社内ルールの整備・相談窓口の明確化・研修の実施などを進めておく必要があります。
あわせて、厚生労働省は訪問看護における暴力・ハラスメント対策として、位置検索機能や緊急呼び出し機能付きの防犯ブザーなど防犯機器の整備支援を、地域医療介護総合確保基金を活用して行っています。こうした公的な支援策も、事業所として活用を検討する価値があります。
カスタマーハラスメント対策は、これまでのように「ハラスメントを受けた個人が耐える・対処する」問題ではなく、事業所が組織として講じるべき義務に変わります。就業規則や対応マニュアルの見直しは、早めに着手しておきましょう。

トラブルを未然に防ぐために事業所が整えておきたい体制
個々のトラブルへの対処法に加えて、事業所として仕組みを整えておくことが、トラブルの発生自体を減らすことにつながります。
| 整えたい体制 | 内容 |
|---|---|
| 報告・相談ルートの明確化 | 誰に・どのタイミングで報告するかを、あらかじめ全スタッフに周知しておく |
| 記録の標準化 | 訪問看護計画書・報告書・連絡ノートなど、記録の様式とルールを統一する |
| 複数名訪問・同行の仕組み | リスクが高いと判断されるケースは、単独訪問から複数名対応に切り替えられるようにする |
| 契約時の説明の徹底 | サービス範囲・緊急時対応・ハラスメント対応方針を契約時にきちんと説明する |
| 保険・賠償対応の整備 | 訪問看護賠償責任保険への加入状況を確認し、事故発生時の対応手順を明文化する |
訪問看護の運営基準では、事故が発生した場合に事業者が家族等への連絡や必要な措置を講じること、賠償すべき事故については損害賠償を速やかに行うこと、また安全管理のための体制を確保することが定められています。「起きてから考える」のではなく、あらかじめ対応の流れを決めておくことが、事業所にもスタッフにも安心につながります。
新人看護師がトラブルに直面したときの心構え

新人のうちは、わからなくて当然です。トラブルに直面したとき「自分の対応が悪かったのでは」と抱え込んでしまう方をよく見かけますが、遠慮なく周囲の力を借りましょう。経験を積むことで予測できることが増え、トラブルを未然に防げるようになります。
訪問看護は単独訪問が基本ですが、決して一人で仕事をしているわけではありません。困った時にすぐ相談できる環境があるかどうかで、働きやすさは大きく変わります。管理者側も、新人が相談しやすい雰囲気づくりを日頃から意識しておきたいところです。
訪問看護でクレームが起こりやすいタイミングはありますか?
サービス開始直後や、担当者が変わったタイミングは、利用者・家族との認識のズレが生じやすく、クレームにつながりやすいとされています。初回訪問時にサービス範囲や対応方針を丁寧に説明しておくことが予防につながります。
利用者との距離が近くなりすぎた場合、最初に何をすべきですか?
まずは一人で対応を決めず、管理者に状況を共有しましょう。そのうえで、連絡は事業所を通すこと、個人的な贈り物は受け取らないことなど、基本的なルールを利用者・家族に丁寧に説明し直すことが大切です。
カスタマーハラスメント対策は、いつから義務化されますか?
改正労働施策総合推進法により、2026年(令和8年)10月1日から、事業主にカスタマーハラスメント防止のための雇用管理上の措置が義務づけられます。労働者を1人でも雇用するすべての事業主が対象です。訪問看護ステーションも例外ではないため、施行までに社内の対応方針や相談窓口の整備を進めておくことをおすすめします。
訪問中に物を壊してしまった場合、自己判断で弁償してもよいですか?
自己判断での弁償や、利用者との個人的な解決は避けましょう。その場で謝罪したうえで、必ず管理者へ報告し、事業所のルールや加入している保険に基づいて対応することが重要です。訪問看護の運営基準でも、賠償すべき事故が発生した場合は事業者が速やかに損害賠償を行うこととされています。
利用者からハラスメントを受けた場合、我慢するしかないのでしょうか?
我慢する必要はまったくありません。その場で毅然と対応を断り、すぐに管理者へ報告してください。事業所側は、複数名訪問への切り替えや契約内容の見直しなど、スタッフの安全を守るための対応を検討する責任があります。

まとめ|トラブルへの備えが、安心して働ける訪問看護をつくる
訪問看護のトラブルは、事前に典型的なパターンを知り、事業所として対応の仕組みを整えておくことで、多くを未然に防いだり、影響を小さく抑えたりすることができます。
- 訪問看護で起こりやすいトラブルは「過度な要求・クレーム」「距離感の問題」「連携不足」「ハラスメント」「事故・賠償」の5つ
- 2026年10月1日からカスタマーハラスメント対策が事業主の義務になる。訪問看護も対象
- 報告・記録・複数名訪問・契約説明・保険加入など、事業所としての体制整備が予防の鍵
- 「一人で抱え込まないこと」が、新人・ベテランを問わず最も大切な心構え
トラブルへの備えは、利用者・家族の安心だけでなく、スタッフが長く安心して働き続けられる訪問看護ステーションをつくるための土台になります。























