訪問看護の管理者退職危機|事業継続の前に考える「事前M&A」

「うちの管理者が、もし来月辞めると言い出したら」——考えたくないことですが、訪問看護ステーションの経営において、これは決して他人事ではないリスクです。訪問看護ステーションは、常勤の管理者(原則として保健師又は看護師)を専従で置くことが指定基準で義務づけられており、この管理者が欠けたまま後任が決まらない状態が続くと、事業の継続そのものが危うくなります。

実際に、訪問看護ステーションの廃止理由を厚生労働省がまとめたデータでは、「管理職が退職した」は「従業員確保が困難」に次いで2番目に多い理由となっています。この記事では、管理者不在がなぜ経営危機に直結するのかを制度面から整理したうえで、危機が現実化する前に検討しておきたい「事前M&A(Pre-M&A)」という選択肢について解説します。

この記事でわかること
  • 訪問看護ステーションの管理者に関する指定基準上の要件
  • 管理者の退職が「経営危機」に直結する理由(廃止理由データ・行政対応)
  • 管理者不在が雇用・地域医療・経営者自身に与える影響
  • 危機が起きる前に検討したい「事前M&A(Pre-M&A)」という選択肢
  • 後任探しの選択肢(求人・人材紹介と事前M&Aの比較)

訪問看護ステーションは「管理者」が抜けると運営できない|指定基準が定める人員要件

訪問看護ステーションの人員基準を定める「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」(平成11年厚生省令第37号)第61条では、指定訪問看護事業者は「専らその職務に従事する常勤の管理者」を置かなければならないと定められています。そして同条第2項で、その管理者は「保健師又は看護師でなければならない」とされ、やむを得ない理由がある場合を除いて、この要件は緩和されません。

厚生労働省の社会保障審議会介護給付費分科会(令和8年6月29日開催)に提出された資料でも、訪問看護ステーションの人員基準として「管理者」の欄に「専従かつ常勤の保健師又は看護師であって、適切な指定訪問看護を行うために必要な知識及び技能を有する者」と明記されています。看護職員(保健師・看護師・准看護師)は常勤換算2.5人以上という基準に対し、管理者は「1人の常勤専従者」という枠を必ず埋めなければならない点が特徴です。

看護師 上妻
看護師 上妻

看護職員は複数人で分担できても、管理者は基本的に「その人でなければならない」ポジションなんですよね。だからこそ、その1人が抜けたときの影響が他の職種よりも大きくなりやすいんです。

この構造的なリスクは、訪問看護ステーションの事業所規模とも無関係ではありません。令和6年度の調査では、看護職員数(常勤換算)が5人未満のステーションが全体の半数超を占め、1事業所あたりの従事者数は平均8.1人、うち看護職員は5.8人にとどまります。管理者を含めた体制が手薄な小規模ステーションほど、管理者1人の退職が「代わりのきかない穴」になりやすいのが実情です。

管理者の退職はなぜ「経営危機」に直結するのか|廃止理由の第2位という現実

厚生労働省が令和8年6月29日の社会保障審議会介護給付費分科会に提出した資料には、訪問看護ステーションの「廃止の理由」の内訳が示されています(全国訪問看護事業協会の調査報告書=令和7年3月公表を基に作成、n=437)。最も多いのは「従業員確保が困難」(22.7%)ですが、2番目に多いのは「管理職が退職した」(17.6%)で、3番目の「利用者が少なく経営維持が困難」(14.9%)を上回っています。さらに「人員基準に満たなくなった」(11%)という理由も一定の比重を占めており、人材確保、なかでも管理者クラスの人材の確保が、廃止・休止の主要な引き金になっていることがうかがえます。

同じ資料では、訪問看護ステーションの指定数自体は増加を続けている一方(令和2年度13,459か所→令和6年度19,314か所)、年度内の廃止届受理数も541件から886件へ、休止届受理数も240件から355件へと、いずれも増加傾向にあることが示されています。事業所数が増えているからといって、個々のステーションの経営が安定しているとは限らないという構造が読み取れます。

注意

管理者が長期間不在の状態が続くと、指定基準(人員基準)を満たしていない状態として、都道府県・厚生局からの改善指導・勧告の対象になり得ます。また、管理者の変更(新任・退任)は、変更後一定期間内に行政へ届け出る義務があります。改善が見られない状態が続けば、最終的には指定の取消しに至るリスクもゼロではありません。後任確保が難航している段階で早めに行政窓口へ相談することが重要です。

管理者不在が突きつける3つの現実|雇用・地域医療・経営者自身への影響

管理者不在という危機が現実になったとき、影響を受けるのは経営者だけではありません。ここでは「雇用の維持」「地域医療の持続」「経営者自身の重圧からの解放」という3つの観点から、その現実を整理します。

1. 雇用の維持と処遇改善
事業の継続が危うくなれば、真っ先に不安定になるのは、そこで働く看護師・セラピスト・事務スタッフの雇用です。大手・中堅グループの傘下に入っていれば、万一自分のステーションの管理者が抜けても、グループ内の他事業所から管理者要件を満たす人材を融通してもらえたり、法人内の異動でスタッフの雇用を守れたりする可能性があります。1つの事業所の中だけで解決しようとしなくてよいという選択肢が生まれるのは、単独経営にはない強みです。

2. 地域医療の持続
指定訪問看護が突然停止すれば、利用者やその家族、連携するケアマネジャー・主治医は、代わりの訪問看護先を急いで探さなければならなくなります。特に人工呼吸器の管理や重度の褥瘡ケアなど、特別な管理を要する利用者ほど、引き継ぎ先探しの負担は大きくなります。管理者が元気なうちに事業の受け皿を確保しておくことは、地域で療養を続ける利用者への責任でもあります。

3. 経営者自身の重圧・個人保証からの解放
管理者の後任探しが難航すると、経営者自身が現場の管理業務やオンコール対応に戻らざるを得なくなるケースは少なくありません。求人を出しても、保健師又は看護師という要件を満たしたうえで管理業務ができる人材は簡単には見つからないのが実情です。仮に後任が見つからず廃業に至れば、退職金の支払い、賃貸物件の原状回復費用や解約違約金、リース契約の残債一括請求、そして経営者個人が背負う借入の連帯保証の返済など、数百万円から数千万円規模の自己負担が発生し、最悪の場合は自己破産に至ることもあります。事業を早い段階で引き継ぐことができれば、こうした負債の扱いを含めて交渉する余地が生まれ、経営者自身が個人保証の重圧やオンコールの緊張から解放されて、手元にリスタートのための資金を残した状態で次の一歩を踏み出せる可能性があります。

「事前M&A(Pre-M&A)」とは|危機が起きてから動くのでは遅い理由

M&Aや事業承継の相談というと「もう経営が立ち行かなくなってから」「後継者が見つからず万策尽きてから」のイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、多くのM&A支援会社では、正式な仲介契約を結ぶ前段階として、無償の「事前相談」「無料査定」の枠を設けていることが一般的です。この段階は「Pre-M&A」とも呼ばれ、自社の現状や想定される評価額を客観的に把握するだけの位置づけであり、必ずしも売却や譲渡を前提にする必要はありません。

POINT

事前相談・無料査定を受けること自体は、「今すぐ売却する」という決断とイコールではありません。あくまで、自分のステーションが置かれている状況と選択肢を、早い段階で客観的に把握しておくための一手です。

管理者の退職という危機が実際に起きてから動き出した場合、後任探しと並行して短期間で買い手候補を探し、条件を交渉しなければならず、時間的な余裕がない分だけ選択肢や交渉力の面で不利になりやすいという傾向が一般に指摘されています。反対に、管理者が元気に働いているうちに事前相談・無料査定だけでも済ませておけば、想定される評価額や引き継ぎ先候補のイメージをあらかじめ持つことができ、実際に危機が迫ったときにすぐ動ける「保険」としても機能します。

管理者の後任探し、選択肢を比較する|求人・人材紹介と事前M&A

管理者が退職を申し出た、あるいは体調不良などで長期離脱の可能性が出てきた——そのとき、経営者が取り得る選択肢は主に3つあります。

選択肢後任確保のスピード費用・労力見つからなかった場合のリスク
自力の求人・人材紹介保健師・看護師の管理職経験者は求人倍率が高く、時間がかかりやすい求人広告費・人材紹介手数料に加え、経営者自身の面接・採用工数期限内に決まらなければ、経営者自身が現場に戻り続けるか、廃業を検討せざるを得ない
グループ内の人材融通(M&Aで大手・中堅入り)グループ内に管理者要件を満たす人材のプールがあれば比較的早い事前相談・無料査定は無償であることが多い。正式な仲介以降は費用が発生希望する条件の譲渡先が見つからない可能性はあるが、早期相談ほど選択肢は広い
後任が見つからず廃業退職金・原状回復費用・リース残債・個人保証の返済など数百万〜数千万円規模自己破産に至るケースもある。利用者・スタッフの受け皿は自力で探すしかない
看護師 上妻
看護師 上妻

「求人を出しながら、並行して事前相談だけしておく」というのも十分アリだと思います。どちらか一方に決め打ちしなくても、選択肢を広げておくこと自体に意味がありますよ。

よくある質問

訪問看護ステーションの管理者が急に辞めてしまったら、すぐに閉鎖しなければいけませんか?

直ちに閉鎖が義務付けられるわけではありません。ただし、管理者は「専従かつ常勤の保健師又は看護師」であることが指定基準で定められており、後任が決まらないまま不在の状態が長期化すると、人員基準を満たさない状態として都道府県・厚生局からの改善指導の対象になり得ます。管理者に変更が生じた場合は行政への届け出も必要になるため、後任確保が難航する場合は早めに行政窓口へ相談することが重要です。

管理者が退職した場合、何日以内に後任を確保しないといけませんか?

「何日以内に後任を確保しなければならない」という一律の日数が法令上明記されているわけではありません。ただし、常勤専従の管理者を置くことは指定基準上の義務であり、欠員の状態が続くほど運営基準違反としての指導・勧告のリスクが高まります。欠員が発生した時点で、速やかに都道府県・厚生局へ状況を相談し、改善の見通しを示すことが望ましい対応です。

「事前M&A(Pre-M&A)」とは、通常のM&A相談と何が違いますか?

事前M&Aは、実際に管理者不在などの危機が起きる前の段階で、事業所の現状や譲渡の可能性について相談・査定だけを先行して行う進め方を指します。多くの支援会社が正式な仲介契約の前に無償の事前相談・無料査定の枠を設けており、危機が起きてから慌てて動くのではなく、選択肢の一つとして早めに情報収集しておける点が特徴です。

小規模な訪問看護ステーションでも、事前M&Aの相談はできますか?

可能です。訪問看護ステーションは看護職員数が5人未満の小規模な事業所が全体の半数超を占めており(令和6年度時点)、管理者を含めた人員体制が手薄な事業所ほど、1人の退職が事業継続に直結しやすい傾向があります。むしろ規模の小さい事業所ほど、早い段階での相談が選択肢を広げることにつながります。

赤字や小規模でも、M&Aの相手は見つかりますか?

赤字や小規模であることだけを理由に、譲渡が難しくなるとは限りません。買い手企業は、在籍する看護師や地域の利用者(指定枠)そのものに価値を見出すことが多く、経営状況が思わしくない場合でも、負債の扱いを含めて交渉の余地があるケースは少なくありません。まずは無料査定などで自社の状況を客観的に把握することが第一歩になります。

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まとめ|管理者不在は「起きてから考える」には遅いリスク

訪問看護ステーションの管理者は、常勤専従の保健師又は看護師でなければならないという指定基準上の要件があり、この1人が抜けることが、他の職種の退職とは比べものにならないほど大きな経営リスクになり得ます。実際に「管理職が退職した」ことは、訪問看護ステーションの廃止理由の中で2番目に多い項目です。

この記事のまとめ
  • 管理者は原則、専従かつ常勤の保健師又は看護師でなければならない(指定基準第61条)
  • 「管理職が退職した」は訪問看護ステーション廃止理由の第2位(17.6%)
  • 管理者不在は雇用の維持・地域医療の持続・経営者自身の重圧の3つに影響する
  • 危機が起きる前の「事前M&A(Pre-M&A)」は、無償の相談・査定から始められる選択肢
  • 求人・人材紹介と並行して事前相談を進めておくことも十分に現実的な選択

管理者が元気に働いている「今」だからこそ、選択肢を広げておく価値があります。

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上妻 裕弥看護師/MBA取得
株式会社ビジケア代表取締役/看護師・MBA取得。これまで200社以上の訪問看護事業所へ経営コンサルティング・BPOサービスを実施。経営者・管理者のサロン等も含めると500社を超える。単月黒字化から複数拠点展開、事業承継まで支援し、看護師の視点で「続く経営」をつくる。別法人にて自身でも全国に訪問看護ステーション展開している。