訪問看護の事業承継連載⑤:『事業承継の全体像〜自分だけでやるか?専門家を活用するか?〜』

 

坪田

はじめまして。

看護師の坪田康佑です。

これから11回にわたり、『訪問看護の事業承継連載』を執筆させていただきます

よろしくお願いいたします。

 

前回の連載内容はこちら

 

連載者プロフィール

坪田康佑

一般社団法人訪問看護支援協会

訪問看護ステーション事業承継検討委員会/一般社団法人訪問看護支援協会
国家資格:看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など
その他資格:MBA、M&Aアドバイザー、メディカルコーチングなど
2005年慶應義塾大学看護医療学部卒、2010年米国NY州Canisius大学MBA卒、国際医療福祉大学博士課程在籍。株式会社コーチエィにてコーチングに従事。ETIC・NEC社会起業塾を経て、無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業。体調を崩し、2019年全事業売却。ユニーク看護師図鑑を運営。

 

【執筆者著書紹介】

 

事業承継は、自分たちだけでやるのか? 専門家(M&A仲介者など)を活用するか?

連載では、前回、ステップ1からステップ2までを図1を用いて解説し、事業承継の全体像を理解することから中小企業庁の事業承継ガイドラインの「事業承継に向けたステップ」を活用してステップ3の磨き上げまでを取り上げてきました。今回は、ステップ4以降を取り上げていきます。(図1参照)

出典)図1:中小企業庁:事業承継ガイドライン第3版

早速、ステップを進めていきましょう。

ステップ3からステップ4への移行では、プロセスが二つの方向に分岐します。図に示される通り、分岐点は「親族内・従業員承継」と「社外への引継ぎ」として区別されています。しかし、実際にはこの区分には曖昧さがあります。たとえば、従業員承継や親族内承継の場合でも、M&Aの工程を選択することがあり、逆に社外の第三者への引継ぎであっても、マッチングサイトや紹介を通じて「事業承継計画策定」のプロセスを選ぶことがあります。このように、従来の分け方では適切に区分できなくなっているため、異なる基準で左右を区分します。

左側は事業関係者のみで事業承継を完結させるケースを、右側はM&A仲介者やファイナンシャルアドバイザー(FA)、訪問看護支援協会、事業承継・引継ぎ支援センターなど、事業承継支援者を活用するケースに分けます。選択によって事業承継支援者を利用するか否かというプロセスの違いはあれど、根本的な差異は少ないです。図1ではこれらが完全に異なる作業であるかのように見えますが、訪問看護事業承継ガイドラインで引用されている中小M&Aガイドラインの図を参照すると、実際に行う内容はほとんど変わらないことが理解できます。(図2参照)

出典)図2:訪問看護ステーション事業承継ガイドライン.訪問看護ステーション事業承継の一般的な流れ

事業承継における支援者の利用については、ケアプラン作成時の判断基準と類似しています。ケアプランでは、ケアマネージャーに作成やサービスの手配を依頼する方法と、セルフケアプランや自己作成ケアプランと呼ばれる、ケアマネージャーを通さずに本人や家族が直接作成するスタイルの二つがあります。事業承継計画も同様に、事業承継支援者に依頼するか、自ら計画を立案するかという選択が可能です。

事業承継プロセスを進める中で、事業承継元と事業承継先間での契約締結に弁護士の介入が必要になる場合や、特定の手続きに専門家の助言が求められることがあります。これは、ケアマネージャーが地域の介護サービスに精通していることを活用し、適切なサービスを選択することに似ています。事業承継支援者は、事業承継に関する専門知識を有し、適切な専門家を紹介する役割を果たします。

例えば、ある訪問看護ステーションが事業承継を考えた際、内部で承継計画を策定する能力があるか、あるいは外部の専門家の支援を求めるべきかを検討します。内部で完結させることが可能な場合は、既存の従業員や親族内での承継を進めることができますが、法的な手続きや財務的な評価など、専門的な知識が必要な場面では外部の事業承継支援者に依頼することで、スムーズな事業承継を実現することが可能になります。このようにして、事業承継支援者は事業承継プロセスの各段階で必要な専門知識を提供し、円滑な承継をサポートします。

この事業承継支援者を活用するかどうかという決断は重要なので、ステップ3.5とします。この決断後、図1のステップに示される全体像は解像度が低いため、より詳細な図2を参照します。図2では、図1のステップ4と5がより細かく(3)から(9)までに分割されています。具体的には、図1のステップ4が図2の(3)から(7)に、ステップ5が図2の(8)と(9)に該当します。この区分が分かりにくいため、より明確な理解を助けるために、前回の解説を踏まえた複合ステップを新たに図3で示しました。(図3参照)

出典):図3:図1と図2を複合させた筆者オリジナル

ステップの解説

(3)バリュエーション

バリュエーションとは、企業や事業の価値を評価するプロセスのことを指します。訪問看護ステーションを例に取ると、単一のステーションの価値、複数の事業所を持つ場合は訪問看護事業全体の価値、さらに訪問看護以外の事業も手がける企業であれば、その企業全体の価値を評価します。事業承継を検討する際、承継先がこの評価を基に、事業が持つ価値とそれに相当する金額を決定することが重要です。算出された金額は、事業承継時の譲渡額を直接決定するものではなく、交渉の出発点となる初期数値です。バリュエーション

の方法は多岐にわたり、相続税計算のための株価評価などとは異なるため、これに関しては今後詳しく解説していきます。

バリュエーションを理解するための身近な例として、新しく中古車を購入する場合を考えてみましょう。購入前には、車の特性や性能、ブランド評価、市場での競争状況などを総合的に評価し、これらの要因をもとに、車に対して支払うべき適切な価格を決定します。

同じように、訪問看護ステーションのバリュエーションでは、そのステーションが地域社会でどの程度評価されているか、顧客基盤の強さ、成長の見込み、経営の質などを評価します。高く評価されているステーションは、その価値が高いと考えられます。また、新規に訪問看護ステーションを開業しようとする企業にとっては、成功している既存ステーションは、成功に至るまでの時間やリスクを省くことができる価値を持っています。

(4) マッチング

医療界での研修医マッチングや恋活・婚活で使われる「マッチング」という用語は、事業承継においても重要です。ここでは、譲渡側と譲受側の最適なペアを見つけ出す作業を指します。相性の良い承継相手を見つけることが、事業の未来を守るうえで欠かせません。信頼できる譲受相手を見つけることは、特に地域に根ざした訪問看護ステーションにとって重要です。マッチングはプロセスの中で最も難しい部分の一つであり、適切な事業承継支援者の選定が解決策となり得ます。

(5) 交渉

交渉には、経営者同士の直接会話や事業承継支援者を介したものなど、さまざまな進行方法があります。このステップでは、両者にとって最適な合意点を見つけるため、経営理念や企業文化などの深い理解を目指します。

(6) 基本合意の締結

このプロセスは、婚約という人生の大事な決断に例えられます。譲渡側と譲受側は交渉を通じて、主要な了解事項に基づいた基本的な合意に達します。この基本合意は、以降のプロセスをスムーズに進行させるための重要なステップです。婚約と同様に、この段階での合意は正式なお付き合いの開始を意味し、両者にとっての大切な一歩となります。ただし、婚約が破棄されることに法的な重大な問題が生じないのと同様に、基本合意が後に解除される場合も法的な問題は生じにくいとされています。この比喩は、事業承継における基本合意が、正式な契約に至る前の段階であり、双方がより深い関係へと進むための準備段階であることを示しています。

(7) デュー・デリジェンス(DD)

デューデリジェンスは、事業承継において譲受側が譲渡側の事業詳細を調べ上げる重要なプロセスです。一見すると難解な用語に聞こえますが、その本質は「適切な調査」に他なりません。

訪問看護師の仕事に例えれば、患者さんの全体的な状態を理解するために、病歴や健康状態、生活環境といった様々な情報を集める行為と似ています。看護師が患者さんへ最良のケアを施すには、これらの詳細な情報を事前に把握しておく必要があります。

デューデリジェンスの場面では、譲受側は譲渡側の事業がどのような「健康状態」にあるのかを把握します。これには、財務状況、法的事項、運営の細部、税務状況など、事業に関わる広範囲な要素が含まれます。この調査を通じて、譲受側は事業の価値とリスクを判断し、承継の適切性を評価します。

このプロセスには専門的な知識が必要であり、多くの場合、事業承継支援者や他の専門家の助けを借ります。デューデリジェンスを通じて事業の各側面を深く理解することで、事業承継を成功に導く可能性を高め、最終契約に臨む準備を整えます。デューデリジェンスで新たに発見された情報を基に交渉を再度行うことも、この段階の一部となります。

 (8) 最終締結とクロージング

事業承継プロセスを経た結果、譲渡側と譲受側は最終的な契約締結に至ります。この段階での「クロージング」とは、事業譲渡に関する具体的な取引が行われるフェーズを意味しています。これには、事業譲渡代金の支払いなど、契約に基づく具体的な行動が含まれます。プロセスのこの部分では、すべての準備と交渉が完了し、実際に事業の所有権が移転される瞬間を迎えます。

事業承継の全体像を把握した上で、再び事業承継のプロセスに取り組む際には、現在の経営状況とそれが理想とする姿との間にどのようなギャップが存在するのかを明確にし、改善すべき点を見極めることができます。どの業務を内部で処理し、どの業務を専門家に依頼するべきかを判断する基準も、この全体像の理解を通じてより明確になります。これまでの記事シリーズで解説してきた内容を踏まえ、具体的な準備や計画の立案、そして事業承継支援者の活用方法について深く考え、計画的に進めることが可能です。事業承継は単に経営者が変わることだけではなく、経営の持続可能性を確保し、成長を促進するための重要な機会でもあります。

 

 

引用・参考文献

1)中小企業庁:事業承継ガイドライン第3版,p31,2022
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf

2)訪問看護ステーション事業承継検討委員会:訪問看護事業承継ガイドライン2022/11/16

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