前回の連載内容はこちら
坪田康佑
一般社団法人訪問看護支援協会
訪問看護ステーション事業承継検討委員会/一般社団法人訪問看護支援協会
国家資格:看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など
その他資格:MBA、M&Aアドバイザー、メディカルコーチングなど
2005年慶應義塾大学看護医療学部卒、2010年米国NY州Canisius大学MBA卒、国際医療福祉大学博士課程在籍。株式会社コーチエィにてコーチングに従事。ETIC・NEC社会起業塾を経て、無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業。体調を崩し、2019年全事業売却。ユニーク看護師図鑑を運営。
【執筆者著書紹介】
目次
事業承継は、いつから考えるのがいいか?
現在、事業継承を手伝っている立場から言えることは、事業を始める際には事業承継について意識しておくべきだということです。
経営者は永遠に生きるわけではありませんし、どれだけ優秀な経営者であっても、いずれ事業承継の時が来ます。しかし、事業を開始する時点でその後の承継をイメージできる人はほとんどいません。
では、いつから事業承継を考え始めるべきでしょうか?
明確に言うと、事業承継を考え始める最適な時期を一概に定めることはできません。
その理由は、後継者の有無、経営者や管理者の年齢、組織内の情報整理状況など、多岐にわたる要因が影響するからです。
「訪問看護ステーション事業承継ガイドライン」では、社外への事業承継については3~6ヶ月の時間が必要とされています。
一方、2023年の中小企業白書によれば、「親族内承継」や「従業員承継」のように承継相手が既に存在する場合では、事業承継にはかえって時間がかかることが多いとなっています。
具体的にみると、事業承継が1年以上かかるケースが3割以上存在し、親族内承継だけに限っても1年以上かかったケースが6割以上、3年以上かかったケースが4割以上、5年以上かかったケースが3割以上存在します。
他の視点から事業承継の期間を考えてみましょう。
事業承継に関する税制を確認すると、「10年以内の贈与・相続等」を基準に特例措置が設けられています。
これらの事実からも明らかなように、事業承継は一時的なイベントではなく、診療報酬改定や介護報酬改定よりも時間が必要なプロセスであることが理解されます。
事業の後継者がすでに決まっている場合、逆にその後継者の育成や事業戦略の見直しには時間を要します。歴史上、王位継承などで時間がかかっていたことがよくわかります。
歴史からみると王位継承がきっかけに戦争なども起こることがあるので、本当に難しいものだとわかります。
その準備期間が数年単位と時間がかかることから、当連載1回目で取り上げた通り、経営者や管理者が病気や事故などの予期せぬ事態に直面し、突如として事業を承継しなければならない状況に陥る可能性は完全には排除できません。
事業承継は、「将来の課題」というよりも、「今直面すべき課題」として捉えるべきです。
つまずく前に杖を用意するように、早期からの準備が予防策として重要になります。
しかし、多くの経営者が訪問看護ステーションの運営には注力しつつも、事業承継の準備を怠っているのが現実です。
これは、経営が危機に直面した時に初めて事業承継を考える経営者が増えていることにつながります。
訪問看護の現場でよく見られる、「もっと早く介入してほしかった」「末期になるとできることが限られる」という状況は、事業承継においても同様です。
事業の持続可能性を確保するためには、早期からの関与と準備が必須です。
これは厳しい指摘かもしれませんが、事業承継の重要性を認識し、対策を講じることが求められます。
事業承継は、どれから考えるのがいいか?
「事業承継はどれから考えるべきか?」という問いに対して、まず重要なのは、上記のように事業承継が「未来の課題」ではなく、即時的な準備が必要であるという認識を持つことです。
これは中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、ステップ1として強調されています(図1)。
出典)図1:中小企業庁:事業承継ガイドライン第3版
その上で、事業承継の全体像をつかんでください。
図1は中小企業庁が提供するガイドラインによる事業承継の全体像を示しています。
これは、事業承継を検討している多くの方にとって、承継相手に関しては真剣に考慮しているものの、必要な手続きや準備については十分に理解していないという状況を浮き彫りにします。
たとえ承継相手が決まっている場合でも、何の準備もしていない方が少なくありません。
実際に、承継相手がいるにも関わらず、何の契約も結んでいないために、手続きを始める前に断られてしまうケースもあります。
これらの事例は、事業承継を成功させるためには、早期からの具体的な準備と計画が不可欠であることを認識してください。
今回は、この全体像を漠然と掴むのに、図1と図2を用いて説明します。
図2では、訪問看護ステーション事業承継ガイドラインでは、事業承継についての意思決定を行った後の詳細なプロセスを説明しています。
出典)図2:訪問看護ステーション事業承継ガイドライン.訪問看護ステーション事業承継の一般的な流れ
バリュエーション(ステーションの価値評価)やデューデリジェンス(ステーションの事業評価)など、馴染みのない用語も出てくるかと思いますが、これらについては今後の連載で詳しく説明していきます。
今回の目的は、事業承継の全体像を掴むことです。
この段階では、なんとなくで大丈夫ですので、事業承継元と事業承継先でマッチングして、基本合意と最終契約など契約を結んでいく。
その過程での交渉などがある。そのいった全体の流れを把握してください。
この全体像を把握した上で、図1を進めて解説すると、図2の全体を把握することにより、図1のステップ2の「経営状況・経営課題等の把握(見える化)」が何の目的で行われるのか理解できます。
これは、事業承継相手に対して詳細な情報を伝えるための「カルテ」です。
病院から依頼を受けた際に受け取る「退院サマリー」みたいなものです。
「退院サマリー」は患者の基本情報や入院期間中の診断結果、治療内容と経過、さらには退院後の計画など記されています。
これにより、患者が病院から退院しても継続的なケアを提供することが可能になります。
事業承継といっても特別なことはなく、訪問看護の仕事に置き換えて考えることができることが多いです。
病院から訪問看護に移行する時に、情報伝達するように、事業承継元から事業承継先に情報伝達します。その内容が、事業承継だとどのような業務が行われ、どのような経営方針が採られてきたのかといった情報になるだけです。
明確に伝わることが重要なので、経営状況や経営課題を経営者や管理者だけが理解しているだけでは、ステップ2は完了しません。
しっかりと情報が第三者にも伝わるように、見える化されて整理されることが必要です。訪問看護ステーションは定期的に運営指導(実地指導)を受けているため、第三者に向けて情報を整理することに慣れていますが、正直不十分なことが多いです。というのは、事業承継に関しては金銭が絡むため、金融機関や公認会計士など訪問看護の専門家以外の人々にも理解できる形で情報を整理することが重要となります。
経営者や管理者によっては、特別な準備を必要としないケースも存在します。
私のケースだと、私が東京と栃木という遠隔地で事業所を運営していた際、インターネットを通じて全契約書を確認できるようにし、訪問件数の予実管理が一目でわかるようにするなど、事業の見える化をしていました。
これらの取り組みのおかげで、急病という突発的な事態による事業承継が必要となったときも、ステップ2における大きな労力を必要とすることなく、円滑に引き継ぎを行うことができました。
ステップ2以降は、より具体的な事業承継に関する手続きに入っていくので、今後の連載で取り上げていきます。
今回は、①事業承継は、今直面すべき課題であること、②事業承継の全体像を把握すること、この2点を理解して頂ければ幸いです。
\事業承継に関するお問い合わせはこちら/
1)訪問看護ステーション事業承継検討委員会:訪問看護事業承継ガイドライン2022/11/16
2)中小企業庁:事業承継ガイドライン第3版,p31,2022
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf [2023/7/8 アクセス]
3)中小企業庁:2023年版中小企業白書,2023 https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2023/PDF/chusho.html[2023/7/8アクセス]
事業承継の連載
はじめまして。
看護師の坪田康佑です。
これから13回にわたり、『訪問看護の事業承継連載』を執筆させていただきます
よろしくお願いいたします。