訪問看護の事業承継連載⑨:『事業承継に関する専門用語②』

 

坪田

はじめまして。

看護師の坪田康佑です。

これから13回にわたり、『訪問看護の事業承継連載』を執筆させていただきます

よろしくお願いいたします。

 

前回の連載内容はこちら

 

連載者プロフィール

坪田康佑

一般社団法人訪問看護支援協会

訪問看護ステーション事業承継検討委員会/一般社団法人訪問看護支援協会
国家資格:看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など
その他資格:MBA、M&Aアドバイザー、メディカルコーチングなど
2005年慶應義塾大学看護医療学部卒、2010年米国NY州Canisius大学MBA卒、国際医療福祉大学博士課程在籍。株式会社コーチエィにてコーチングに従事。ETIC・NEC社会起業塾を経て、無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業。体調を崩し、2019年全事業売却。ユニーク看護師図鑑を運営。

 

【執筆者著書紹介】

 

前回に引き続き、事業承継に関する専門用語の第二回をお届けします。

前回は、聴きなれないカタカナ用語を中心に紹介しましたが、今回は一見難解な漢字を使った用語を取り上げます。

 

事業承継に関する専門用語②

 

基本合意書

基本合意書は英語で「Memorandum of Understanding」、略して「MOU」とも呼ばれます。これは、売り手と買い手のトップが面談を終え、大まかな契約内容が固まった時に締結されます。実際の金額決定やデューデリジェンスなどの実務が始まる前に、基本的な条件についての合意を文書化したものです。この文書により、事業承継の基本的な枠組みや主要条件が定められ、後の詳細な契約書の作成へとつながります。注意点として、基本合意書は事業承継が確実に行われると約束するものではありませんが、双方が同じ理解と意向を持っているかを確認するための重要なツールです。この書類を作成する目的は、今後の誤解や争いを避けるためです。
基本合意書の作成時には、独占交渉権(下記説明)の付与や秘密保持義務の設定など、様々な事項に触れることがあります。これらの条件を明確にすることで、事業承継のプロセス全体の基盤となり、将来的な契約交渉をスムーズに進めるための準備を行います。

 

(例)

友人間での事業承継は、信頼に満ちたシンプルな過程のように思えますが、予想外の問題が発生することもあります。例えば、私の友人のEさんとYさんのケースです。二人の長年の信頼関係にも関わらず、事業承継が破談に至りました。Eさんは友人のYさんに事業を承継することにし、契約書なしで口頭での合意に頼っていました。

Yさんは、従業員説明会の開催など、次々とリクエストをしてきました。このままでいいのか不安を覚えたEさんは、従業員説明会を開催した日に私に相談してきました。何一つとして文面に残されていなかったので、Eさんの想いを書類に書き始めた頃、思わぬ事態が判明します。資金面に関して心配になった私が、Eさん経由でYさんに連絡してもらうと、彼女が承継に必要な資金を確保できないことが判明しました。YさんはEさんの「儲けるつもりはない、引き継ぎ先を探している。」という言葉を文字通りに受け取っていたのです。

実は、Eさんには銀行の借入を返済するための最低限の金額が必要でした。Eさんは事前にYさんに伝えていたと話されていますが、このような基本的な事項が口頭でのやり取りだけで進められたため、双方に認識の齟齬が生じ、最終的には取引が破談に至りました。破断に加えて、基本合意書がなかったため、秘密保持義務が存在せず、情報が漏れてしまいました。

この事例は、信頼関係だけで事業承継を進めることのリスクを浮き彫りにします。基本合意書を締結し、事業承継の過程を正式に文書化することで、こうしたリスクを軽減し、両方のパーティーが安心して進めることができます。

 

独占交渉権

独占交渉権は、誤解を恐れずに言うと浮気をしないと約束する権利です。特定の期間、事業承継主(売り手)が他のどの買い手とも交渉しない、または契約を結ばないという約束を潜在的な買い手に対して与える権利です。この権利によって、買い手は競合の存在を意識せずに、安心して交渉やデューデリジェンス(買収前調査)を進めることが可能となります。事業承継先は、訪問看護ステーションなどの場合、設備や運営に問題がないかを確認するために時間とリソースを投資する必要がありますが、競合が存在するとこの投資が無駄になるリスクが高まります。独占交渉権があれば、事業承継主は真剣に交渉する意欲のある買い手とのみ時間を費やすことができるため、効率的です。ただし、この権利には期限が設けられ、期間が終了すると他の買い手との交渉が可能になります。

 

(例)

私の知人であるKさんは、家族経営の医療法人を運営していました。事業を指揮していたのはKさんの兄で、彼が突然病に倒れ、急遽入院することになりました。この状況は突然の事業承継の必要性を浮上させ、Kさんは事業承継の相談を私に持ちかけました。通常は独占交渉権の契約を交わしながら慎重に進めるべきところですが、代表の健康状態や医療法人の将来を考慮すると、迅速な行動が求められました。私たちは深い信頼関係を築き、情報を共有しながら事業承継を進めていましたが、計画は突然破綻しました。代表の奥様が私たちの知らないうちに他の方と事業承継の話を進めており、取引が一転して他の人へと渡ってしまったのです。独占交渉権が確立されていれば、私たちの努力は無駄にならず、医療法人はより良い未来へ進む可能性がありました。この経験から、公式の契約を結ぶことの重要性が明らかになりました。たとえ親族間の取引であっても、独占交渉権の設定は不可欠です。

 

意向表明書

英語では「Letter of Intent」と呼ばれ、略して「LOI」(エルオーアイ)とも称されます。これは、事業承継の意向を示すために買い手が売り手に提出する書面です。意向表明書は必須ではなく、省略されることもありますが、これを提出することで事業承継プロセスが円滑に進むことが多いです。基本合意書が最終契約に先立って取り交わされる具体的な合意書であるのに対し、意向表明書は単に事業承継の意思を示す非契約的な文書です。この書面には、買い手が売り手に対して、自社の概要、デューデリジェンス前の譲渡価格やスケジュールの検討事項、独占交渉権に関する意向などを記します。

 

(例)

これは、私がかつて自分の訪問看護ステーションの事業承継を考えた際の体験談です。M&A仲介会社から提供された候補者リストを基に、未来への第一歩を踏み出そうとしていました。候補者の選定をしたことがなかった私は不安の中にいました。そんな時、ある買い手候補から「意向表明書」が届きました。この書面は単なる形式的なものではなく、私のステーションに対する彼らの真摯な考えや願いが詳細に記されていました。彼らがどのように私のステーションを引き継ぎ、未来を築いていくかのビジョンが明確に伝わり、私の心の中で変化が起こりました。それまでの不安が解消され、具体的なプロセスのイメージがはっきりと描けるようになったのです。何より、私が大切にしてきたステーションが新しい手によってさらに素晴らしい未来へ導かれる可能性を感じ、希望の光を見出しました。この経験から、意向表明書の価値を深く理解し、それが事業承継の道を照らす一筋の光となることを学びました。そして、その光に導かれることで、私たちは安心して基本合意書の段階へと進むことができました。

 

表明保証

表明保証とは、事業承継主(売り手)が事業承継先(買い手)に対して、特定の事実を「表明」し、「保証」することです。例えば、事業承継主は、訪問看護ステーションの財務状況、資産の状態、訴訟の有無、法的義務の遵守に関する事実を表明し、それらが真実であることを保証します。これにより、事業承継先は不確実性やリスクを減少させ、情報の信頼性が増すため、取引をより安心して進めることができます。表明保証は、事業承継主に自身の事業について全面的に検討することを促し、取引の透明性を高める効果もあります。

 

(例1)

私が過去に経験した事例をもとに、表明保証の重要性をお話しします。あるとき、Iさんが経営する訪問看護ステーションのデューデリジェンスを依頼されました。表面上は順調に運営されているように見えたものの、特定のサテライトステーションの運営に不審な点がありました。そこで、Iさんに対し、訪問看護師たちの退職予定に関する確認と、それに関する表明保証の提出を求めました。これは、取引における潜在的なリスクを評価し、適切な判断を下すために必要でした。

Iさんからの回答により、私の予感は的中し、複数の訪問看護師が退職を予定していることが判明しました。これは事業承継にとって重要な情報であり、この事実が事前に知らされていなかったため、取引条件の再考が必要になりました。結果的に、何百万円かの減額で合意に至りました。

この経験から学んだ教訓は、表明保証の価値と、事業承継における慎重なデューデリジェンスの必要性です。表面的な情報だけではなく、その背後に潜む真実を探求することで、リスクを軽減し、より公平で透明な取引を実現することができます。この物語は、表明保証が事業承継においていかに重要な役割を果たすかを示しています。それは予期せぬリスクを発見し、適切に対応するための鍵となります。

(例2)

もう一つの事例を紹介します。私の友人が赤字の訪問看護ステーションを事業承継しました。事業承継の際、売り手との合意に基づき、銀行口座にはある程度のキャッシュが残っているとされていましたが、承継後に実際に銀行口座を確認したところ、ほとんどキャッシュが残っていませんでした。赤字のためキャッシュが消耗してしまったとのことで、売り手が意図的に抜いたわけではありませんでした。しかし、もし表明保証で銀行残高を明確に記載していれば、事業承継の評価が適切になり、割高に払うことがなかったでしょう。このケースは、表明保証がいかに重要かを教えてくれます。それにより、事業承継時の不確実性を減らし、事業承継先が安心して取引を進めることができるようになります。

 

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坪田 康佑
一般社団法人訪問看護支援協会/訪問看護ステーション事業承継検討委員会/一般社団法人訪問看護支援協会 国家資格:看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など その他資格:MBA、M&Aアドバイザー、メディカルコーチングなど 2005年慶應義塾大学看護医療学部卒、2010年米国NY州Canisius大学MBA卒、国際医療福祉大学博士課程在籍。株式会社コーチエィにてコーチングに従事。ETIC・NEC社会起業塾を経て、無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業。体調を崩し、2019年全事業売却。ユニーク看護師図鑑を運営。