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坪田康佑
一般社団法人訪問看護支援協会
訪問看護ステーション事業承継検討委員会/一般社団法人訪問看護支援協会
国家資格:看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など
その他資格:MBA、M&Aアドバイザー、メディカルコーチングなど
2005年慶應義塾大学看護医療学部卒、2010年米国NY州Canisius大学MBA卒、国際医療福祉大学博士課程在籍。株式会社コーチエィにてコーチングに従事。ETIC・NEC社会起業塾を経て、無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業。体調を崩し、2019年全事業売却。ユニーク看護師図鑑を運営。
【執筆者著書紹介】
目次
資産承継+経営承継=事業承継
物事を理解するのに、分解して考えることは大切です。事業承継も同じように考えていきましょう。全体像をつかむのには、2017年版の中小企業白書に掲載されている「事業承継の構成要素」の図(図1)が非常に役立ちます。
この図は事業承継を「資産の引き継ぎ」と「経営の引き継ぎ」という二つの大きなカテゴリーに分類しています。ここでの重要なポイントは、「資産」と一言にいっても、知的資産は、経営の引継ぎに該当して、物的資産は、資産の引継ぎに該当することです。
「経営の引き継ぎ」カテゴリーに入っている「知的資産の承継」。知的資産とは何かと言うと、これには例えば特許や商標、そして訪問看護ステーションが独自に工夫しているノウハウなどの無形資産が含まれます。このような資産は目に見えないものの、訪問看護ステーションの価値を大きく左右する重要な要素です。
この図を初めて見る方にとっては少し分かりにくいかもしれません。そこで、より直感的に理解を助けるために、「経営の引き継ぎ」と「有形資産の引き継ぎ」という二つのカテゴリーに分けて考えていきましょう。
さらに具体的には、「法人の代表交代」と「法人の株主の交代」を別のものとして分解することで、後継者の選定や同意を得るなどの経営引継ぎの課題と、資産の買取や納税などの資産引継ぎの課題について明確に対応することが可能になります。
訪問看護ステーションの事業承継においては、目に見える資産が病院などと比べると少ないので、これらの知識資産をどのように扱うかが、成功のカギを握っています。後継者としては、これらの無形資産の価値を理解し、適切に管理することが求められます。
実際にこの分類を使って訪問看護事業の事業承継を考えてみると、訪問看護事業の特性上、「有形資産の引き継ぎ」が少なくなることが一目瞭然となります。
事業承継を進める際に、「有形資産の引き継ぎ」は比較的容易です。病院での病棟の老朽化、技術の進化によって型落ちした高額医療機器や、デザインが古くなった診察室等の評価は難しいようでいて、事例がたくさんあるので計算が可能です。一方で、訪問看護事業は、事業承継の中心的な課題は「有形資産の引き継ぎ」よりも「経営の引き継ぎ」にあることが明白です。具体的には、訪問看護事業は病院のように大きな建物やMRIのような高価な機器の保有が少ないためです。しかし、形のないものは繊細で扱いが難しくなることもあります。
訪問看護の事業承継において、引き継ぎ可能な要素を「看護師だけが引き継げるもの」と「看護師でなくても引き継げるもの」に区分することができます。例えば、訪問看護を運営する株式会社の株式は、非看護師にも引き継ぐことが可能です。しかし、訪問看護ステーションの管理者を含む特定の技術や技能は、看護師特有のものとして引き継がれることが一般的です。
事業承継における「中継ぎ経営」という手法もあります。これは、まだ若く経験の浅い後継者がいる場合に、一時的に経営と資産を分離し、経営は従業員や役員に委ねつつ、資産だけを後継者に引き継がせる方法です。訪問看護事業承継においても、類似のアプローチが可能です。
事業承継には資金が必要となります。特に、既存の訪問看護ステーションを引き継ぐ場合、開業資金以上のコストがかかることがあります。株式や事業用資産を贈与や相続で承継すると、資産の状況によっては高額の贈与税や相続税が発生することがあります。一般的には、借入金を利用して資金を調達しますが、多くの看護師は借金を避けたいと考えることもあります。このような場合には、中継ぎ経営のようなアプローチを用いて、一時的なオーナーとして看護師以外の人物を設定し、経営と資産の承継を分離して進める方法が考えられます。ただし、この方法を採用すると、次世代への引き継ぎがさらに難しくなるリスクも伴うため、慎重に検討する必要があります。
経営の引き継ぎ・看護師でないと引き継げないもの
図1で示される「人(経営)の承継」に関して、2022年に中小企業庁が更新した事業承継ガイドラインでは、「後継者の育成」が新たに加えられています。この更新は、後継者育成が事業の無形資産として認識され始めたことを示しています。訪問看護ステーションの管理者は、ステーションの成長や維持において中心的な役割を果たし、新たなリーダーへの役割の移行は極めて重要な決定です。不適切な管理者の選定は、スタッフの大量退職、業界内での評価低下、ケアマネージャーや退院調整室からの紹介停止など、さまざまなリスクを招く可能性があります。
業績や取引関係が管理者の個人的能力や経験に依存する傾向が強いのが特徴であり、新しい管理者の元での組織文化の変化リスクも考慮する必要があります。これらを総合的に考え、スムーズな承継を行うためには、計画的なアプローチと後継者の早期からの育成が重要です。
訪問看護ステーションの管理者は、ステーションそのものの価値やブランドを具現化する役割を持っていますが、管理者が頻繁に交代する場合も珍しくありません。そのため、知的資源の正確な認識と、これをどのように後継者に引き継ぐかの明確な計画が求められます。適切な知的資産の継承には、確固たるビジョンと戦略が必要です。
訪問看護ステーションの事業承継をサポートする中で、看護師でない経営者から管理者の退職を機に事業承継の相談を受けることは頻繁にあります。管理者が不在のステーションは、後継者や現場のスタッフ、利用者やその家族にとって、大きな負担となる可能性があります。このため、「経営の引き継ぎ」と「有形資産の引き継ぎ」を明確に区分し、それぞれに対して綿密な対策を策定することが極めて重要です。
訪問看護ステーション承継の本質
訪問看護ステーションの核心的な価値は、管理者を中心に組織された看護師チームにあります。ただし、これを単なる「看護師集団」としてではなく、経営やサービスの理念を次代の管理者にしっかりと承継できる「看護師チーム」としての機能を果たすことが求められます。この承継が不十分である場合、ステーションの競争力は減少し、将来のサービス提供に悪影響を及ぼす可能性があります。そのため、経営の引き継ぎの段階では、現管理者がステーションの本質的な強みや価値を正確に理解し、それを後継者に伝えることが不可欠です。さらに、他のステーションとの差別化を図り、独自の価値を持つ知的資産を「見える化」することは、ステーションの継続的な成長に欠かせません。ここで重要なのは、単なるレポート作成に留まらず、管理者自身が自ステーションの取り組みの歴史や背景を深く掘り下げ、それを「自らの手で整理」することです。そして、その知見や経験を後継者や関係者との対話を通じて共有し、理解を深めてもらうことが必要です。
最後に
事業承継の過程において、公認会計士や弁護士などの士業のプロフェッショナルが専門家として重要な役割を果たしています。特に、「経営の引き継ぎ」と「有形資産の引き継ぎ」の双方に精通している専門家もいますが、多くの公認会計士は「有形資産の引き継ぎ」に重点を置いていることが一般的です。訪問看護事業の事業承継では、有形資産よりも無形資産の方が重要視されるため、経営の引継ぎに精通した訪問看護事業専門の専門家に相談することが望ましいです。
また、無形資産の評価が曖昧であることを利用して、事業評価額を不当に高く設定し、高額な手数料を目的とするM&A仲介業者も存在します。このように不適切な取引価格設定は、後継者に事業の継続における重大な負担をもたらし、最悪の場合、事業の破綻につながるリスクもあります。適切な価格設定の重要性は言うまでもありません。この点で、訪問看護の事業承継を専門とする仲介業者の活用が推奨されます。もし適切な仲介業者が見つからない場合は、この連載を提供するビジケアや一般社団法人訪問看護支援協会など、専門家を揃えている団体への相談を検討してみてください。
現在、事業承継をスムーズに進めるために、税制上の特例措置や助成金が設けられているなど、国も支援を進めています。専門家の活用をお勧めします。
\事業承継に関するお問い合わせはこちら/
1)中小企業庁:2017年版中小企業白書p231
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H29/PDF/chusho/04Hakusyo_part2_chap2_web.pdf
2)中小企業庁:事業承継ガイドライン第3版,p27,2022
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf
事業承継の連載
はじめまして。
看護師の坪田康佑です。
これから13回にわたり、『訪問看護の事業承継連載』を執筆させていただきます
よろしくお願いいたします。