訪問看護の事業承継連載⑬:『M&Aプラットフォームに関して』

坪田

はじめまして。

看護師の坪田康佑です。

これから13回にわたり、『訪問看護の事業承継連載』を執筆させていただきます

よろしくお願いいたします。

 

前回の連載内容はこちら

 

連載者プロフィール

坪田康佑

一般社団法人訪問看護支援協会

訪問看護ステーション事業承継検討委員会/一般社団法人訪問看護支援協会
国家資格:看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など
その他資格:MBA、M&Aアドバイザー、メディカルコーチングなど
2005年慶應義塾大学看護医療学部卒、2010年米国NY州Canisius大学MBA卒、国際医療福祉大学博士課程在籍。株式会社コーチエィにてコーチングに従事。ETIC・NEC社会起業塾を経て、無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業。体調を崩し、2019年全事業売却。ユニーク看護師図鑑を運営。

 

【執筆者著書紹介】

 

最近の結婚や恋愛がマッチングサービスを活用して成就することが多いように、訪問看護ステーションの事業承継にもM&Aマッチングサービスを利用することが増えています。

実際に原稿を書いている現在、BATONZ(日本M&Aセンターの子会社サービス。日本M&Aセンターは日本で一番最初に中堅中小企業向けM&A仲介サービスをはじめた会社)で、「訪問看護ステーション」で検索すると24件、「訪問看護」と検索すると、医療法人や介護施設とセットなものが多いですが、177件もの案件がみつかります。(2024年7月25日現在)

同じくTRANBI(中小企業庁中小M&Aガイドライン作成委員でもあるアスクホールディングス株式会社の子会社のサービス)でも、「訪問看護ステーション」で7件、「訪問看護」で21件の案件が掲載されています。(2024年7月25日現在)

中古品売買マッチングサービスのメルカリでは、出品者が販売希望価格を記載して、購入希望者が購入希望価格を交渉して交渉が成り立ちます。M&Aマッチングも同様に、事業承継をしたい訪問看護ステーション(売手)が希望価格を掲示し、事業承継を受けたい法人(買手)が交渉を行います。誰でも検索できるので、是非とも実際に自分の眼で確認して頂きたいのですが、掲載価格は様々です。実際に検索してみると、赤字事業所では0円や1円、10万円といった価格でたたき売りのようにしているところが散見されます。中には、営業利益が数百万円出ている事業所が1円で売りに出されていました。(2024年7月26日現在)

何でこの金額を出せるのでしょうか?

M&Aマッチングでは事業承継元(売手)に手数料が発生しないケースが多いことが挙げられます。M&A仲介業者を利用すると、売手も数百万円の手数料を支払う必要があるため、結果的に手元に残るお金がないケースもあります。そのため、早く事業承継する事情がある方は、1円といった低価格で掲載するケースが多いのです。

日頃からこのような見慣れていないと価格設定の背景が分からず、混乱してしまうことも少なくありません。特に、実際の契約書を手にした際に、不安を感じる方が多いようです。

このような状況から、訪問看護ステーションの事業承継を専門とする筆者の元にも、M&Aマッチングサービスで話を進めていたものの、最終的な契約書の内容や価格の妥当性についてセカンドオピニオンを求める相談が増えてきました。

そこで今回は、話題のM&Aマッチングサービスについて詳しく解説します。

 

M&Aマッチング・M&Aプラットフォームとは?

M&Aマッチングサービスと記していましたが、M&Aプラットフォームと呼ばれることが多いです。実際に、経済産業省が公表した「中小M&Aガイドライン」によれば、「M&Aプラットフォーム」は主にマッチングを始めとする中小M&Aの手続きを低コストで行うことができる支援ツールと位置付けられており、M&A仲介会社を通じた場合と比較して、費用を低減し、小規模事業者でも利用しやすいツールとして、「中小M&Aの可能性が大きく広がった」と評価されています¹)。そして、利用対象者や提供されるサービスの内容は、各M&Aプラットフォーマーによって異なります。

ただし、中小ガイドラインでも指摘されているように、M&Aプラットフォームの市場は比較的新しく、仕組みや留意点も今後大きく変わる可能性があるため、注意が必要です。

 

M&Aプラットフォーム活用における3つの注意点

中小M&Aガイドラインでは、「情報の取扱」と「利用するM&Aプラットフォームの選択」の2点が注意点として挙げられています。

これに加え、筆者は「自己責任の大きさ」も考慮すべき重要な点だと考えています。

 

情報の取扱

訪問看護ステーションの情報をM&Aプラットフォームに掲載する際は、細心の注意が必要です。訪問看護ステーションの名前などを隠しているノンネーム情報であっても、閲覧者はその情報を元に事業者を特定できてしまう可能性があります。インターネットの特性上、一度公開された情報は完全に削除することが困難です。

M&Aプラットフォームによって、情報公開の範囲が異なります。法人・個人問わず閲覧可能なプラットフォームもあれば、法人のみに限定されたプラットフォームもあります。自身のニーズに合わせて、どこまで情報を公開するか慎重に検討しましょう。

たとえクローズドなM&Aプラットフォームであっても、情報漏洩のリスクはゼロではありません。「デジタルタトゥー」という言葉があるように、一度インターネット上に公開された情報は、完全に消し去ることが難しいので公開しても問題ない範囲の情報にとどめ、慎重になることが大切です。正直、M&Aを極秘に進めたい場合は、M&Aプラットフォームは不向きです。このような場合は、仲介業者などに相談することをおすすめします。

 

利用するM&Aプラットフォームの選択

M&Aプラットフォームの選択は、事業承継の成否を左右する重要な要素です。これらのプラットフォームは特徴が異なりますので、どのプラットフォームを使用するか検討する必要があります。プラットフォームは大きく二つに分類されます。一つ目は、売手と買手のマッチングのみを行い、その後の交渉や手続きは当事者間で自己責任で行うタイプです。

もう一つのタイプは、専門家によるM&Aアドバイス、契約書の作成支援、デューデリジェンスの支援など、M&Aプロセス全体にわたるサポートを提供するプラットフォームです。

これは、訪問看護で例えると、ご家族のみで在宅看護を行うか、看護師のアドバイスを受けながら行うかの違いに似ています。看護師が介入する在宅看護と、ご家族のみで行う在宅看護では、質に差が出るように、M&Aも専門家であるM&A仲介事業者が介入する場合と、M&Aプラットフォームのみで進める場合では、結果に大きな違いが生じる可能性があります。

サポート付きのタイプは、専門家のアドバイスを受けながら安心してM&Aを進めることができます。そして、上述した情報開示のリスクに関する範囲もプラットフォームによって異なります。法人・個人問わず閲覧可能なプラットフォームは、より多くの買手と出会える可能性がありますが、法人のみに限定されたプラットフォームの方が、情報漏洩のリスクを抑えられます。また、プラットフォームによって、交渉開始のルールや登録方法も異なります。譲渡側・譲受側双方から交渉を始められるプラットフォームもあれば、譲渡側からしか交渉を始められないプラットフォームもあります。当事者が直接登録・交渉できるプラットフォームもあれば、FA(フィナンシャルアドバイザー)を介してのみ登録・交渉が可能なプラットフォームもあります。M&Aプラットフォームは、あくまで譲渡側と譲受側のマッチングを支援するサービスです。

M&Aプラットフォーム自体が事業承継先(買手)の審査を行っているわけではないことを認識しておく必要があります。契約後に「銀行融資の経営者保証を外してくれない」といったトラブルが発生しないよう、注意が必要です。M&Aプラットフォームは、訪問看護ステーションの事業承継における選択肢の一つですが、それぞれのプラットフォームの特徴やメリット・デメリットを理解した上で、慎重に選択することが重要です。

 

自己責任の大きさ

事業承継の交渉相手を見極める経験や知識が不足していると、事業承継後に訪問看護師とトラブルになったり、価格交渉で不利な条件を飲まされてしまったりするリスクがあります。恋愛マッチングアプリで、相手の誠実さを見誤り、期待していた関係性が一時的なものに終わってしまうことがあるようなことが起こりえます。

M&Aプラットフォームは、あくまで「ツール」であり、その活用方法やリスクを十分に理解した上で、慎重に判断することが重要です。

この自己責任の部分でセカンドオピニオンとして意見を求められることや、相談を頂くことが最近増えています。

 

ちなみに、セカンドオピニオンとは?

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」では、M&Aプロセスにおいて、セカンドオピニオンの利用が重要だとされています。セカンドオピニオンとは、M&Aを進める中で、不安点や懸念事項、そもそもM&Aの進め方などについて、他の専門家から意見や助言を求めることです。

例えば、契約内容の妥当性や評価額(特に評価額に関するご相談は非常に多いです。「評価方法が納得できない」「老舗なのに評価が低い」「~なのに評価が低い」といったご意見をよく伺います)、M&A相手先の情報など、様々な相談が可能です。「M&Aを進めるべきか迷っている」というご相談も少なくありません。

セカンドオピニオンは、守秘義務違反になるのではと心配される方もいらっしゃいますが、「中小M&Aガイドライン」でも推奨されているので、安心してご利用いただけます。ご心配な場合は、「ガイドラインにのっとってセカンドオピニオンをとります」と相手に伝えてから実施すると良いです。

セカンドオピニオンがきっかけで、不安を感じた事業者から、そのまま交渉のサポートを依頼されるケースもありました。これは、いわば途中からM&A仲介業者に依頼するような形です。このように、セカンドオピニオンをきっかけに、専門家を期間限定で活用することも可能となります。

 

改めてM&Aプラットフォーム活用のメリット・デメリット

メリットはシンプルに3点、専門家を採用しないことによる「低コスト」、仲介業者がいなく当事者同士であるための「スピード」(たまに、当事者同士だからこそのトラブルもありますが)買いたいと登録している多様な業種との「幅広いマッチング」です。一方デメリットとしては、交渉相手の信頼性や、交渉の難しさ、専門知識が必要になるなど全てが自己責任で行われることになります。スピードを求めてプラットフォームを活用したのに、自分自身の専門知識不足や交渉の経験不足から逆に時間と労力がかかってしまい、金銭としては低コストだったが、経営者の人件費を考えると高額になってしまったということもあります。M&Aプラットフォームはあくまで選択肢の一つであり、その特性を理解した上で、自身の状況に合わせて慎重に活用することが重要です。

 

引用・参考文献

1)経済産業省中小企業庁,中小M&Aガイドライン(令和5年9月,2024/6/12アクセス)

 

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坪田 康佑
一般社団法人訪問看護支援協会/訪問看護ステーション事業承継検討委員会/一般社団法人訪問看護支援協会 国家資格:看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など その他資格:MBA、M&Aアドバイザー、メディカルコーチングなど 2005年慶應義塾大学看護医療学部卒、2010年米国NY州Canisius大学MBA卒、国際医療福祉大学博士課程在籍。株式会社コーチエィにてコーチングに従事。ETIC・NEC社会起業塾を経て、無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業。体調を崩し、2019年全事業売却。ユニーク看護師図鑑を運営。