訪問看護で、パーソナリティ障害の利用者さんと出会うことが多々ありませんか?
- 思考回路が理解できない
- 対人関係が不安定で感情的になるので、対応に疲弊する
- 衝動的な行動をとるので、正直振り回されて疲れる
もしかすると上記のように「大変な、悩ましい利用者さん」にカテゴライズされているのではないでしょうか。
しかし、利用者さんの心理や思考パターンを理解し、支援者として持つべき姿勢を得ることで、利用者さんだけでなく支援者自身の大きな成長の機会になります。
目次
パーソナリティ障害の概要
「パーソナリティ」とは、単なる性格というよりは情緒や行動などその人のふるまい全体を指します。
人の性格傾向は、楽観的な人、悲観的な人、大雑把な人、細かい人、内気な人、大胆な人等様々であり、良い面や悪い面があることも当たり前のことです。
どんな性格傾向であったとしても、周囲に被害を及ぼさず、多少自身が困ることがあってもそれなりに生きていける状態であれば、問題はありません。
しかし、パーソナリティ障害は、考え方や感情のバランスの大きな偏りによって、大多数の人とは違う反応や行動を長期的かつ全般的(社会的場面、家庭内問わず)にしてしまい、本人にも重大な苦痛をもたらし、さらに周囲の人が被害を受けてしまう場合に診断されます。
米国精神医学会が発行している精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)第5版(DSM-5)によれば、10種類のパーソナリティ障害が存在し、 約10%の人が何らかのパーソナリティ障害に該当するとされています。
また、加齢とともに徐々に軽傷化していくと言われています。
パーソナリティ障害のタイプの概略 (米国精神医学会の診断基準 DSM-5)
引用)林直樹先生に「パーソナリティ障害」を訊く|公益社団法人 日本精神神経学会
パーソナリティ障害の症状と徴候
パーソナリティ障害はさまざまな分類がありますが、安定した対人関係や社会生活の維持が困難で、共通して以下の症状が生じます。
- 感情の起伏が極端で衝動性が高い:怒りや喜び、不安などの感情が非常に強く、コントロールが困難。突発的な行動が多い。
- 人間関係の問題:他者への共感性が乏しいため、対人トラブルを引き起こしやすい
- 自己認識の歪み:自己理解が不足しており、現実との乖離が見られる
また、これらは、早ければ幼少期、遅くとも20代前半頃から継続し、社会的な場面だけでなく生活全般に影響を及ぼします。
また、パーソナリティ障害は生まれ持った気質や性格、遺伝(生物学的要因)が原因とされていますが、養育環境や経験(成育環境や社会文化的要因)も複雑に絡み合っています。
幼少期の虐待や愛情不足(外傷的育ち)、養育者との分離、戦争などのストレス環境により健全な精神発達ができず、歪んだ思考や自己概念、愛着形成不全が生じやすくなり、特に境界性パーソナリティ障害には大きく影響していると言われています。
境界性パーソナリティ障害では、前頭葉の回路の機能低下等が指摘されており、虐待を受けてきた方々においても、脳下垂体や海馬が小さいという研究結果があります。
また、興味のある方は、メラニー・クラインらの対象関係論を調べてみてください。
パーソナリティ障害の治療
多くの方は、自分のパーソナリティに問題があるとは自覚していません。
抑うつ状態・不安・不眠などの症状が出現して受診した、周囲が困って受診に連れてこられた、などで医療と繋がり、実は根底にパーソナリティ障害があった、と分かることが多く、初見では判別は困難です。
- パニック障害
- うつ病
- PTSD
- 物質使用性障害
- 双極性障害
- 摂食障害
これらの治療をしながら、パーソナリティの問題にも目を向け、認知の偏りの改善や自分と上手く付き合える方法を、患者さん自らが身につけていくことが大切です。
パーソナリティ障害は簡単に治せるものではないため、精神科医や心理カウンセラーなどと協力し、多角的で長期的なアプローチを続ける必要があります。
そして、治療者との関係を築き、時には薬で心身の状態を安定させ、カウンセリングなどの精神療法を進めることで改善する可能性が高いことが最近の研究で示されています。
特に、メンタライゼーション(ある行動の背後にある精神状態に注意を向け、それを認識すること)を高める関わりをすることで、患者さん本人だけでなく家族や関係者の理解が進みます。
お互いの精神的負担軽減に繋がり、適切な関係性や距離感を保つことに繋がると考えます。
境界性パーソナリティ障害を持つ利用者さんとの関わり方
それでは、2事例で考察していきましょう。
希死念慮が強いAさん
この方は、外傷的育ちの中で「高学歴の母親に認められたい」思いで幼少期から必死に勉強を続けてこられました。
しかし、受験に失敗し、希望する職業に就くことができませんでした。
根底に「学歴のない自分はだめな人間で価値がない」という、母親が植え付けた概念に強く影響されており、自分には何もないと虚無感に襲われ、飲酒、多量服薬、食べ吐きを繰り返しています。
ある時、希死念慮に襲われて私に架電されました。
タイムリーに対応できなかったことで、「私のことはどうでもいいのだろう」「おまえのせいで益々気持ちが荒れた。最低だ。もう(訪問に)来ないでほしい」と拒否の意向を示されました。
以下、考察です。
Aさんは、期待を裏切られたことで、二極思考(よい看護師・悪い看護師)と見捨てられ不安からの衝動的な自己防衛で「訪問看護師を拒否する」行動を起こされました。
また、訪問看護師のせいにすることは自己防衛による歪んだ解釈から生まれているので、もちろん支援の振り返りは必要ですが、どんなに罵声を浴びせられても支援者は自分の行動を責めないで下さい。
訪問看護師は、「あくまで、相手側の問題」である、と根底に認識しておかないと、巻き込まれて精神的にまいってしまいます。
Aさんへの対応としては、「そうでしたか、ないがしろにしたつもりはありませんが、電話には常に出られないのでごめんなさい。死にたい気持ちになるほどしんどいことが起こったのですね。その気持ちを教えてほしいです」と返答しました。
ほどなくして、Aさんから「(訪問に)来てほしい」と連絡があり再開となりました。
その後の関りとしては、以下のように行いました。
- その時の気持ちを振り返る
- 自分以外の他者の考え(訪問看護師(他者)の考え)を伝えていく
- 「死にたい」と言った時はタイムリーに対応しない
(Aさんの場合は、「そう言われると私は困惑してしまうし、感情が高ぶっている時は冷静になる方がよいのであえて返答しません」と説明して納得してもらいました) - 同じことがあっても、同じ対応を続けていく(不変による安心感の形成)
また、Aさんは、訪問看護師を拒否する行動をぶつけてこられましたが、その後も支援が継続できたことは、Aさん自身の「良くなりたい」「関係性を築きたい」という思いの表れなので、そこは大きく支持しました。
同時に母親にも家族面談を継続的に行い、途中中断を繰り返しながらですが関わり始めて6年ほど経過しました。
もし、訪問拒否をしたままであったなら、それはタイミングが熟していなかったことになるので深追いはせず訪問終了で致し方ないと考えます。
しかし、それは見捨てることでも諦めることでもなく、せっかく繋がった縁なのだから存在を受け止めますよ、というサインを示した上での終了として下さい。
操作的なBさん
同胞はおらず、母親から虐待を受けて育って売春や薬物使用を繰り返していました。
薬物に関しては依存症の治療を受け、断ち切ることができました。
自分にとって都合のよい情報を切り取って他者を責め、思い通りに動かせそうな人や同族意識を持てる人だけを傍に置く傾向がありました。
プライドが高く医師のことも小馬鹿にしており、自分にとって「便利」かそうでないかで人を判断している印象でした。
介入が難しいため、訪問看護師は「あえて巻き込まれる」ように「私も一人っ子なんです」と自己開示をしました。
Bさんは、訪問看護師のことを「同じ一人っ子で頑張って仕事しながら生きている人生の後輩」だと捉えて関わってくれるようになりました。
メンタライゼーションを高める関りに関しては上手く回避されており、逆に訪問看護師を労わる関りをしてこられました。
それもまたBさんの対人関係構築の特徴なので、受け止めました。
その中で、今でも薬物(睡眠薬等)を乱用し続けていることや、自傷を繰り返していることを話してくれました。
情報収集と関係者での共有をしながら、3年ほど訪問看護を続けてきました。
訪問看護師の固定を避けたかったので数人同行しましたが結局拒否が続き、そのうちの1人に対してはカスハラともとれる態度で罵声を浴びせる事態もありました。
事業所として訪問看護を継続するか否かも話し合いをしましたが、結局もう少し様子を見ることになりました。
ほどなくして、夫が末期癌に罹患したことが分かり、入院されることになりました。
訪問看護師に相談してこられたので、病状や見通しを説明するなどBさんが求めてこられたことにのみ対応していきました。
すると、「看護師だからって、えらそうに言ってくる」「(夫の)死を当たり前だと思っているのか、心がないのか」と訪問看護師を非難するようになられました。
頼ったり、非難をしたり、という不安定さの中で、訪問看護は継続を希望されています。
以下、考察
今までは、「一人っ子」というカテゴリーの同族意識の中で、訪問看護師を「自分より年下であり、立場が下で、労わってあげる存在である人」と当てはめて受け入れてくれていました。
しかし、「夫が死ぬかもしれない」という危機的状況となり大混乱している精神状況では、これから様々な行動化が起こると予測されます。
「看護師だからって、えらそうに言ってくる」「(夫の)死を当たり前だと思っているのか、心がないのか」という言葉については、自分より目下の人間から言われてプライドが傷ついた気持ちが含まれているのだと考えられます。
その言葉に対しては、「冷静に誰かが捉えておかないといけないと考えている」とBさんとは別の考えで動いていることと、「えらそうなつもりはない、そう言われるとこちらは辛くなる」と感情を率直に伝えました。
また、Bさんの対人関係構築パターンによりこれまで訪問看護師は1人しか関わりを持てませんでしたが、「同族意識が持てる訪問看護師」「自身を引っ張ってくれる看護師」など、役割を分けて複数で関われる絶好の機会でもあると考えます。
訪問看護を中断することなく関係性を継続できていたことで、危機的な状況でのサポートに繋がり、粘り強く諦めず関わり続けることが大切だと思い知った事例でした。
おわりに
境界性パーソナリティ障害の利用者さんは対人関係構築の障害なので、訪問看護を揺さぶってくることが症状です。
しかし、訪問看護師が冷静に場面を分析して俯瞰的に捉えていくことで、精神的負担は軽減すると考えます。
訪問者を限定してこられると思いますが、そこは「決まりである」と枠組みを設定し、一人だけで関わるケースにはしないようにすることが望ましいです。
しかし、訪問開始直後は利用者さんの要求を受け止めることが関係性構築の一歩になることもあります。
「かなりつらい状況になる」と事前に意識し、自身をメンタライゼーションして抱え込まないようにし、常に機会を見計らって下さい。
また、行動変容に繋がらなくても、失敗しても、繰り返し働きかけることで利用者さんへの安心感に繋がり、行動変容への意欲に繋がるのだと考えています。
「以前は○○だったけれど、今は□□ができるようになったね。あなた自身が頑張ったおかげですね」と言葉をかけて、「私も、あなたのおかげで成長できましたよ」と存在を認め合える。
数年後、そんな風に話し合えたらいいなあと思ってやっています。
参考にされば幸いです。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
今回は、パーソナリティ障害の中で代表的と言われている「境界性パーソナリティ障害」の利用者さんへの関わり方について焦点をあて、事例を交えながら説明します。