「私が訪問看護ステーションを売却した理由」創業者たちのリアルな本音

訪問看護ステーションを売却した理由を、経営者自身の言葉で聞く機会は、実はそれほど多くありません。M&A仲介会社のホームページには「成約事例」が並んでいても、その多くは法人名やロゴが並ぶ「成功事例」としての紹介にとどまり、決断に至るまでの本音——資金繰りの苦しさ、終わらないオンコール、誰にも継がせられない焦り——が生々しく語られることは意外と少ないものです。

この記事では、実際に訪問看護ステーションの売却を検討・決断した経営者たちからよく聞かれる「本音」を、一つの語りとして構成してご紹介します。もしあなたが今、同じような悩みを抱えているなら、「自分だけではない」ということ、そして売却は逃げではなくスタッフと利用者を守るための決断にもなり得るということを、感じ取っていただければと思います。

この記事について

次の章からは「私」という一人称で経営者の心境をお伝えしますが、これは特定の一つの事業所を取材した実話ではありません。ビジケアが数多くの訪問看護ステーションと関わってきた中で実際によく耳にする、資金繰り・オンコール疲弊・後継者不在といった典型的な悩みや心境の変化を、一人の経営者の語りという形に再構成した内容です。実在する特定の個人・事業所を指すものではない点をご了承のうえ、お読みください。

この記事でわかること
  • 訪問看護ステーションの経営者が「もう限界かもしれない」と感じ始める、よくある3つのきっかけ
  • 「スタッフのため」という建前の裏にある、経営者自身の本当の理由
  • 廃業を選んだ場合に実際にかかる費用と、売却によって回避できるリスク
  • 売却を決断する前に確認しておきたい、手数料・費用面の注意点

「もう限界かもしれない」——そう感じ始めた、いくつかの夜

深夜2時、枕元のスマートフォンが鳴る。オンコール当番の携帯電話です。看護師としてこの仕事を選んだときから、緊急対応が仕事の一部であることは分かっていたつもりでした。それでも、経営者としての責任と、現場のプレイヤーとしての責任を一人で背負い続ける生活は、思っていた以上に体力と気力を削っていきます。

そこに追い打ちをかけるのが、資金繰りです。介護報酬・診療報酬の入金サイクルと、給与や家賃の支払いのタイミングは必ずしも噛み合わず、通帳の残高を確認するたびに胃が痛くなる月もありました。人手不足で新しい看護師を採用しようにも、求人を出しても応募が来ない。既存のスタッフに無理をさせている自覚はあっても、代わりがいない以上、頼らざるを得ない。

そしてもう一つ、ずっと目を逸らしてきた問題がありました。この事業所を、誰に継がせるのかという問題です。子どもに継がせるつもりはないし、右腕だと思っていたスタッフにも、経営者としての重荷まで背負わせるのは酷だと感じていました。

看護師 上妻
看護師 上妻

「後継者がいない」と感じている経営者は、決して少数派ではありません。帝国データバンクの調査(2025年)では、全国企業の後継者不在率は50.1%、なかでも小規模企業は57.3%にのぼると報告されています。訪問看護ステーションのように経営者自身が現場のプレイヤーを兼ねる業態では、この問題はより切実になりがちですね。

「スタッフのため」と言い聞かせながら、本当は自分が限界だった

経営者として、誰かに弱音を吐くわけにもいきません。相談する相手にも「スタッフのため」「地域のため」という大義名分を口にしながら、本当のところでは、自分自身がもう一人で背負いきれないと感じていた——そんな経営者の声を、私たちはこれまで数多く聞いてきました。実利と大義は、決して対立するものではありません。むしろ、自分自身を追い詰め続けることの方が、結果的にスタッフや利用者にとってもリスクになります。

表向きに口にしていた理由心の奥にあった本当の理由
スタッフの将来のため、経営基盤の強い法人の傘下に入った方が安心だからこれ以上、自分一人でオンコールと経営を両立させる自信がなかった
地域医療を守るため、事業を継続させたかった資金繰りに追われる生活から、もう抜け出したかった
事業をさらに成長させるチャンスだと思った「もし自分が倒れたら」という不安から、常に解放されたかった

この一覧を見て、「自分にも当てはまる」と感じた方もいるかもしれません。それは、決して恥ずかしいことでも、経営者として失格だということでもありません。

廃業も本気で考えた。でも数字を見て、それが一番の悪手だと気づいた

売却を検討する前、「いっそ廃業してしまおう」と考えたこともありました。しかし、実際に廃業にかかる費用を一つひとつ洗い出してみると、想像していたよりもずっと重い負担がのしかかることに気づきます。スタッフに支払う退職金、事業所として借りている物件の賃貸借契約を中途解約する際の違約金、リース契約中の医療機器・車両などの残債の一括請求、そして金融機関からの借入に付けていた個人保証の返済——これらを合計すると、数百万円から、場合によっては数千万円規模の自己負担が発生し、最悪の場合は自己破産に至りかねません。

注意

廃業は「何もしない選択」ではありません。むしろ、事業を畳むためだけに、まとまった自己資金の持ち出しが必要になる「最もコストの重い選択肢」になり得ます。個人保証の整理については、一般社団法人全国銀行協会が定める「経営者保証に関するガイドライン」に沿って、金融機関との交渉により一定の整理ができる可能性もありますが、必ず解除できると保証されているわけではありません。早い段階で専門家に相談し、選択肢を整理しておくことが重要です。

一方、M&Aによって事業を引き継いでもらう場合、在籍する看護師や利用者との信頼関係、指定を受けている事業所そのものに、買い手企業は数千万円規模の価値を見出すことがあります。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、譲り渡し側が債務超過の状態にある場合、単純に決算書上の純資産額だけで評価が決まるわけではなく、実務上は他の要素も考慮したうえで譲渡額が算定されることが示されています。負債を買い手に引き継いでもらう、あるいは売却対価と相殺できれば、手元にリスタートのための安心できるキャッシュを残すことも可能になります。「資産を現金化してハッピーリタイア」というような単純な話ではなく、廃業という最悪のシナリオを回避し、次の生活を立て直すための現実的な手段だと捉えたほうが実態に近いでしょう。

契約書にサインした夜に気づいた、「実利」と「大義」は対立しないという事実

譲渡契約にサインをした夜、不思議と込み上げてきたのは、寂しさよりも安堵でした。振り返ってみると、この決断は自分を守るためだけのものではなかったと感じています。得られた価値は、大きく3つに整理できます。

1つ目は雇用の維持と処遇改善です。経営基盤の強い法人の傘下に入ったことで、スタッフの雇用は守られ、給与や福利厚生の面でも改善が期待できるようになりました。2つ目は地域医療の持続です。もし自分が突然倒れて事業所を畳んでいたら、日々サービスを受けていた利用者やご家族の生活は、たちまち立ち行かなくなっていたはずです。信頼できる相手に引き継いだことは、地域に対する責任の果たし方の一つだったと思っています。そして3つ目が債務・個人保証からの解放とリスタートです。個人保証の重圧から解放されたことで、ようやく次の生活を具体的に考えられるようになりました。

看護師 上妻
看護師 上妻

経営者としての責任とオンコールの重圧を、体力の限界まで一人で抱え続ける必要はありません。経営権を引き継いで、一人の看護師・現場のプレイヤーに戻り、夜安心して眠れる生活を取り戻すことも、立派な選択肢のひとつだと思います。

決断する前に、必ず確認しておきたいお金の話

売却を考えるうえで、多くの経営者が気になるのが「手数料」です。M&A仲介会社の中には、成功報酬とは別に「最低手数料」を設定しているところがあり、大手・中堅の仲介会社では、この最低手数料が1,000万円〜2,000万円程度に設定されているケースもあります。売却額がそれほど大きくない小規模な訪問看護ステーションの場合、成功報酬の計算上の金額よりも最低手数料の方が高くなり、手元にほとんど資金が残らない「手数料負け」が起こり得ることは、事前に知っておくべき現実です。契約前には、必ず「最低手数料がいくらに設定されているか」を確認し、自社の想定売却額と照らし合わせておくことをおすすめします。訪問看護特化・小規模事業所を前提とした手数料体系(成功報酬は売却価格の5%・レーマン方式、最低手数料200万円といった水準)を掲げる支援会社もあるため、複数の選択肢を比較したうえで契約先を決めることが、「手数料負け」を避ける現実的な対策になります。

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M&Aの基本的な仕組み(株式譲渡・事業譲渡の違い、進め方の流れ、費用の考え方など)を体系的に知りたい方は、まずこちらの記事をご覧ください。

訪問看護ステーションにおけるM&Aとは?基本から分かりやすく解説

よくある質問

この記事に書かれているエピソードは、実際にあった話ですか?

特定の一つの事業所を取材した実話ではありません。訪問看護ステーションの経営者からよく聞かれる、資金繰り・オンコール疲弊・後継者不在といった典型的な悩みや心境の変化を、一人称の語りという形に再構成したものです。ただし、ここで描いた資金繰りの苦しさやオンコールの負担、廃業にかかる具体的な費用などは、多くの経営者が実際に直面している共通の課題です。

売却を考え始めるのは、どのようなタイミングが多いですか?

資金繰りが厳しくなってきたとき、オンコール対応で心身の限界を感じたとき、後継者が見つからないまま経営者自身の年齢が上がってきたときなど、複数の悩みが重なったタイミングで検討を始める経営者が多い傾向にあります。

赤字や小規模の事業所でも、買い手はつきますか?

決算書の数字だけで判断が決まるわけではありません。買い手企業は、在籍する看護師や、地域で築いてきた利用者との信頼関係そのものに価値を見出すケースが少なくありません。詳しくは本サイト内の関連記事もあわせてご確認ください。

スタッフや利用者には、いつ・どのように伝えればよいですか?

一般的には、譲渡契約が正式に締結される前後の適切なタイミングで、経営者から直接説明することが望ましいとされています。伝え方やタイミングを誤ると不安や混乱を招くこともあるため、専門家に相談しながら進め方を検討することをおすすめします。

無料相談だけでも利用できますか?

はい。事前相談や無料査定は無償で利用できるのが一般的です。まずは現状を整理し、選択肢の一つとして情報収集することから始めても問題ありません。

まとめ|「実利」を認めることは、経営者として恥ずかしいことではない

訪問看護ステーションの売却を考える経営者の多くは、「大義」を口にしながら、心の奥では「実利」——資金繰りやオンコールの限界からの解放——を強く求めています。この2つは対立するものではなく、両方を満たす決断として、M&Aという選択肢は十分に現実的です。

この記事のまとめ
  • 後継者不在率は全国平均で50.1%、小規模企業では57.3%と高水準(帝国データバンク・2025年)
  • 廃業には退職金・違約金・リース残債・個人保証の返済など数百万〜数千万円規模の自己負担が生じ得る
  • 赤字・債務超過の状態でも、決算書上の数字だけでなく他の要素を含めた譲渡額算定が行われる実務がある
  • 手数料は「最低手数料」の設定に注意し、契約前に必ず自社の想定売却額と照らし合わせて確認する

「実利」を求める自分を責める必要はありません。それを認めたうえで動き出すことが、結果的にスタッフと利用者を守る「大義」にもつながります。

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支援の範囲は、秘密保持契約の締結から、企業価値算定、お相手探し・マッチング、トップ面談・条件交渉、最終契約・引き継ぎ完了まで、一貫してサポートします。

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上妻 裕弥看護師/MBA取得
株式会社ビジケア代表取締役/看護師・MBA取得。これまで200社以上の訪問看護事業所へ経営コンサルティング・BPOサービスを実施。経営者・管理者のサロン等も含めると500社を超える。単月黒字化から複数拠点展開、事業承継まで支援し、看護師の視点で「続く経営」をつくる。別法人にて自身でも全国に訪問看護ステーション展開している。