訪問看護ステーションの事業承継|親族内承継・従業員承継・M&Aを比較

「息子には継がせられそうにない」「ベテランの看護師はいるが、株式や出資持分を買い取る資金までは出せないだろう」——訪問看護ステーションの事業承継の相談で、経営者からまず語られるのはこうした迷いです。誰に、どうやって事業を引き継ぐか。その答えは一つではありません。

事業承継には、大きく分けて親族内承継・従業員承継・M&A(第三者承継)という3つの道があります。この記事では、それぞれのメリット・デメリットを訪問看護業界の実情に即して整理したうえで、なぜ今、M&Aが「身売り」ではなく現実的な選択肢として増えているのかを解説します。

この記事でわかること
  • 事業承継の3つの選択肢(親族内承継・従業員承継・M&A)の基本的な違い
  • それぞれのメリット・デメリットと、訪問看護業界ならではの実情
  • なぜ今、訪問看護業界でM&A(第三者承継)を選ぶ経営者が増えているのか
  • 迷ったときに、まず何から確認すればよいか

事業承継の3つの選択肢とは

中小企業庁も、事業承継を大きく「親族内承継」「従業員承継」「M&A(社外への引き継ぎ)」の3つの類型に分けて、それぞれのステップや支援策を整理しています。訪問看護ステーションのM&Aそのものの基本的な仕組みや進め方については、別記事「訪問看護ステーションにおけるM&Aとは?基本から分かりやすく解説」で詳しく解説していますので、この記事では3つの選択肢を比較することに絞って解説します。

①親族内承継のメリット・デメリット

親族内承継は、経営者の子どもや配偶者、兄弟姉妹など血縁関係のある人物に事業を引き継ぐ方法です。早い段階から後継者候補を見極めて育成する時間を確保しやすく、従業員や利用者、取引先からの心理的な受け入れもスムーズというメリットがあります。経営理念や地域とのつながりをそのまま引き継げる点も強みです。

一方で、訪問看護業界には親族内承継特有の難しさがあります。訪問看護ステーションの管理者は原則として保健師または看護師の資格を持つ人物である必要があり、経営者の子どもや親族が看護師資格を持っているとは限りません。仮に資格があっても、看護師としてのキャリアと経営者としての適性は別物であり、「継ぐ意思がない」「継がせたいが荷が重すぎる」というミスマッチも珍しくありません。

看護師 上妻
看護師 上妻

「経営者(開設者)」と「現場の管理者」は制度上、必ずしも同一人物である必要はありません。ただ実際には、経営とオンコール対応の両方を後継者一人が背負う体制のまま引き継ごうとして、負担の大きさから話が進まなくなるケースをよく見かけます。

②従業員承継(親族外承継)のメリット・デメリット

従業員承継は、役員や現場のベテラン看護師など、社内の人材に経営を引き継ぐ方法です。すでに事業や利用者のことを理解している人材を後継者にできるため、経営方針の一貫性を保ちやすいというメリットがあります。

ただし、従業員承継には資金調達のハードルという大きな壁があります。株式や出資持分を有償で引き継ぐ場合、後継者となる従業員自身がまとまった買取資金を用意しなければならず、金融機関からの個人的な借入や、経営者が抱えていた個人保証の引き継ぎが必要になるケースも少なくありません。優れた看護実践者であることと、数千万円単位の資金調達を自ら交渉できることは、まったく別の能力です。

注意

従業員承継は、後継者候補が経営者になることへの覚悟や責任感を十分に持てないまま話が進み、資金調達や親族株主の同意といった最後の段階で頓挫してしまうことがあります。時間をかけて準備を進めていたにもかかわらず白紙に戻る事例も見られるため、早い段階から資金面の見通しを具体化しておくことが重要です。

③M&A(第三者承継)が選ばれる3つの価値

親族にも社内にも適任者が見当たらないとき、そして資金繰りが限界に近づいているとき、選択肢として現実味を帯びてくるのがM&A(第三者承継)です。M&Aが選ばれる理由は、単に会社を売ってお金に換えるということではありません。次の3つの価値が同時に得られる点にあります。

雇用の維持と処遇改善

信頼できる譲渡先に事業を引き継ぐことで、在籍する看護師やスタッフの雇用は維持されます。買い手にとっても、訪問看護は「在籍する看護師」そのものが数千万円規模の価値を持つ資産であり、廃業して人材が離散してしまうより、そのまま迎え入れて処遇改善につなげたいと考えるケースが多くあります。

地域医療の持続

訪問看護ステーションが廃業すれば、その地域の利用者は新しい訪問看護事業所を探さなければなりません。指定を引き継いで事業を存続させることは、経営者一人の都合ではなく、地域で在宅療養を支え続けるという社会的な責任を果たすことでもあります。

債務・個人保証からの解放とリスタート

廃業を選んだ場合、退職金の支払い、賃貸物件の解約違約金、リースの残債一括請求、経営者個人の保証債務の返済などで、数百万円から数千万円規模の自己負担が発生し、最悪の場合は自己破産に至ることもあります。M&Aであれば、こうした負債を買い手が引き継ぐか、売却対価で相殺したうえで、手元にリスタートのためのキャッシュを残せる可能性があります。何より、経営責任と24時間対応のオンコールという重圧から解放され、一人の看護師・現場プレイヤーとして夜安心して眠れる生活を取り戻せることは、資金繰りに疲弊した経営者にとって大きな価値です。

注意

M&Aの手法として事業譲渡を選ぶ場合、旧事業所の廃止と新事業所の指定申請のタイミングがずれると、数週間から1ヶ月程度、介護報酬・診療報酬を一切請求できない「空白期間」が生じ、資金繰りが厳しい事業所では給与未払いや黒字倒産に直結しかねません。これを避けるには、管轄の都道府県・厚生局との「同日廃止・同日新規指定」に向けた緻密な調整、あるいは株式譲渡への切り替えが必須であり、訪問看護の実務と行政手続きを熟知した専門家のサポートが欠かせません。

注意(費用面)

M&A仲介を利用する際は手数料も確認しておきましょう。大手・中堅のM&A仲介会社の中には、最低手数料を1,000万〜2,000万円程度に設定しているところもあり、売却額が小さいと手数料でほとんど手元に残らない「手数料負け」が起こり得ます。訪問看護・小規模事業所に配慮した手数料体系かどうかを、契約前に必ず確認してください。

3つの選択肢を比較する

ここまでの内容を、実務で確認しておきたい観点で一覧に整理します。

比較項目親族内承継従業員承継M&A(第三者承継)
後継者候補の探し方子・配偶者・親族に限られる社内の役員・看護師に限られる社外に広く候補を探せる
資金調達の負担比較的小さい(贈与・相続の活用も)後継者本人に大きな負担買い手側が資金を用意
個人保証の扱い後継者に引き継がれやすい後継者に引き継がれやすい買い手への引き継ぎ・解消を交渉できる
準備にかかる期間長期的な育成が前提比較的短いが頓挫リスクあり数ヶ月〜1年程度で成立することも
訪問看護特有の難しさ看護師資格・経営適性を兼ねる後継者が少ない資金調達・個人保証への心理的ハードル指定申請の空白期間リスク・仲介手数料

なぜ今、訪問看護業界でM&A(第三者承継)を選ぶ経営者が増えているのか

帝国データバンクが2025年に公表した全国「後継者不在率」動向調査によると、日本企業全体の後継者不在率は50.1%で、7年連続で改善したものの、いまだ企業の半数が後継者を「いない」または「未定」としています。企業規模別では、中小企業が51.2%、小規模企業では57.3%とさらに高い水準です。

同調査では、2025年(速報値)に代表者交代が行われた企業の就任経緯別の内訳として、血縁関係によらない役員・社員が就任する「内部昇格」が36.1%となり、これまで最も多かった「同族承継」(32.3%)を初めて上回りました。以下、買収や出向を中心とした「M&Aほか」が20.6%、社外の第三者を迎える「外部招聘」が7.6%と続きます。また、今後の後継者候補の属性をみると「非同族」が41.0%で4年連続トップとなり、初めて4割を超えた一方、「子ども」(29.7%)や「配偶者」(4.7%)は前年から低下しています。

中小企業庁の事業承継ガイドラインも、後継者確保の困難化を背景に親族内承継の割合が減少し、従業員承継やM&Aの割合が増加する傾向が続いていると整理しています。訪問看護ステーションは、後継者に「看護師資格」と「経営者としての適性」という2つの条件が同時に求められるという構造上、この「脱ファミリー化」の流れの影響をより強く受けやすい業種だと考えられます。

迷ったときにどう判断すればよいか

3つの選択肢のどれが正しいというものではありません。大切なのは、複数の選択肢を並行して検討し、自社の現在地を客観的に把握しておくことです。

看護師 上妻
看護師 上妻

「まずは息子に継がせたいが、難しそうならM&Aも考えておきたい」という進め方でまったく問題ありません。従業員承継の話を進めながら、資金調達で頓挫した場合の備えとしてM&Aの無料相談・無料査定だけ受けておく、という並行検討をされる経営者も少なくありません。

POINT

親族内承継・従業員承継が難しいとわかってから動き始めると、資金繰りがさらに悪化し、買い手にとって魅力的な条件を示せないまま交渉することになりかねません。体力があるうちに現状を可視化しておくことが、結果的にすべての選択肢を残すことにつながります。

親族に継がせたいのですが、看護師資格を持っていません。経営者になれますか?

訪問看護ステーションの「経営者(開設者)」と、現場を統括する「管理者」は制度上、必ずしも同一人物である必要はありません。管理者には原則として保健師または看護師の資格が必要ですが、経営そのものは資格がない親族が担い、管理者は別の看護師に任せる体制も可能です。ただし実務上は、経営と現場運営の連携が難しくなる場合もあるため、専門家に相談しながら体制を検討することをおすすめします。

従業員承継でも、訪問看護の指定はそのまま引き継げますか?

法人の代表者だけを交代させる形(株式譲渡に近い形)であれば、指定はそのまま維持されるケースが一般的です。一方で、事業譲渡のように事業そのものを新しい主体に移す形をとる場合は、新規の指定申請が必要になり、タイミングによっては介護報酬・診療報酬を請求できない空白期間が発生するリスクがあります。承継の方法によって手続きが大きく異なるため、事前に管轄の都道府県・厚生局に確認しておくことが重要です。

M&Aというと「会社を売る」ネガティブなイメージがあるのですが、実際はどうですか?

近年のM&Aは、後継者不在に直面した経営者が、廃業による退職金や違約金、個人保証の返済といった大きな自己負担を避けながら、雇用と地域医療を守るための現実的な選択肢として広がっています。「身売り」というより、経営責任とオンコールの重圧から解放され、手元にリスタートの資金を残しながら次のステップに進むための手段と捉える経営者が増えています。

3つの選択肢のうち、まず何から始めればよいですか?

後継者候補がいる場合は、まずその方との対話から始めることをおすすめします。同時に、資金調達や覚悟の面で頓挫する可能性も踏まえ、無料相談・無料査定を通じて自社の現在の価値や、M&Aという選択肢を取った場合にどのような条件が見込めるかを把握しておくと、いざというときに複数の選択肢を比較検討できます。

従業員承継の資金調達のハードルは、具体的にどのようなものですか?

株式や出資持分を有償で引き継ぐ場合、後継者となる従業員自身が買取資金を用意する必要があります。金融機関からの借入には後継者個人の与信力が問われることが多く、加えて経営者が抱えていた個人保証まで引き継ぐケースもあるため、心理的にも資金面でもハードルが高くなりがちです。近年は種類株式や持株会社を活用したスキームも広がっていますが、専門家の関与なしに進めるのは難しい領域です。

まとめ|3つの選択肢を並行して検討することが、後悔のない事業承継への近道

親族内承継・従業員承継・M&A(第三者承継)は、それぞれにメリットとデメリットがあり、優劣で決められるものではありません。大切なのは、自社の状況に照らして現実的な選択肢を把握し、複数の道を並行して検討しておくことです。

この記事のまとめ
  • 親族内承継は理念の継続に強いが、看護師資格と経営適性を兼ねる後継者が少ないという訪問看護特有の壁がある
  • 従業員承継は人材面で優位だが、株式買取資金の調達や個人保証の引き継ぎというハードルで頓挫することがある
  • M&A(第三者承継)は、雇用の維持・地域医療の持続・債務や個人保証からの解放という3つの価値を同時に得られる選択肢
  • 2025年の全国調査では、内部昇格(36.1%)が同族承継(32.3%)を初めて上回るなど、「脱ファミリー化」が進んでいる
  • 資金繰りが悪化する前、体力があるうちに現状を可視化しておくことが、すべての選択肢を残すことにつながる

迷いがある段階でも、まずは無料相談・無料査定で自社の現在地を確認しておくことが、後悔のない事業承継への第一歩です。

訪問看護特化の事業承継・M&A支援「ビジケア」について

ビジケアは、これまで訪問看護ステーションの経営サポートを通じて、数多くの事業所の課題に寄り添ってきました。その経験・知見・ネットワークを活かし、訪問看護ステーションに特化した事業承継・M&A支援サービスを提供しています。

国が創設したM&A支援機関登録制度の登録を受け、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」の遵守にも取り組んでおり、ご相談・お相手探しにかかる着手金や中間金は一切無料(0円)です。

支援の範囲は、秘密保持契約の締結から、企業価値算定、お相手探し・マッチング、トップ面談・条件交渉、最終契約・引き継ぎ完了まで、一貫してサポートします。

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上妻 裕弥看護師/MBA取得
株式会社ビジケア代表取締役/看護師・MBA取得。これまで200社以上の訪問看護事業所へ経営コンサルティング・BPOサービスを実施。経営者・管理者のサロン等も含めると500社を超える。単月黒字化から複数拠点展開、事業承継まで支援し、看護師の視点で「続く経営」をつくる。別法人にて自身でも全国に訪問看護ステーション展開している。